与那城屋慶名の生まれで、5、6歳の頃に父、母、姉と南洋のテニアンに移った。普通は6町歩の土地を与えられるが、父は働き者で、2町歩多い8町歩の土地を開拓していた。テニアンで妹2人も生まれた。同じ沖縄出身の夫に嫁いで1944年、ドタ(ロタ)に移った。戦争はここで経験した。