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回し読みした恋愛小説「もう持ってくるなよ」 先生がふだん以上に優しく思えたのはなぜ?

2020年2月5日 05:00

[戦世生きて くらしの記録](3) 武村豊さん(上)

二高女跡地に建つ「白梅の乙女たち」像前で学園生活を語る武村豊さん。校章には白梅があしらわれていた=那覇市・松山公園

二高女跡地に建つ「白梅の乙女たち」像前で学園生活を語る武村豊さん。校章には白梅があしらわれていた=那覇市・松山公園

 いつも通り登校すると、朝の会は抜き打ちの荷物検査から始まった。机の中には、友達から借りたばかりの小説が入っていた。はやりの回し読みで、順番が来たばかりの恋愛ものだ。教材以外、私物の持ち込みは禁止されていた。

 呼び出された職員室で、大好きな担任の顔を見るのが怖くて、涙があふれた。

 「もう二度と持ってくるなよ」。担任はそう言って小説を返してくれた。ふだん以上に優しかった気がしたのはなぜだったのか。

◆講堂からオルガンの音

 1944年秋ごろ、武村豊(とよ)さん(91)が15歳、県立第二高等女学校(二高女)4年のときのことだ。

 武村さんは7人兄姉の末っ子に生まれた。小学5年で父が急逝し、母のカメさんが総菜作りの内職や、家事手伝いで生計を支えていた。

 「女性も学ぶことは大切。豊の行きたいところに行ったらいい」。進学を希望する豊さんに、母はそう言葉をかけた。

 二高女は那覇市の波上宮近くの高台、松尾山にあった。周辺には本土から来た役人も多く住み、その子どもたちも生徒として通っていた。

 そばを通ると、建て替えられたばかりの真っ白い校舎の壁が目を引いた。講堂からはオルガンの音色と、クラシックの合唱が響いてきた。胸の高鳴りを抑えられなかった。

 

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