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沖縄の米軍、90年代に高知へ移転案 4千メートル級の滑走路整備 地元は賛同したが…

2020年2月12日 09:31

[本土よ 「辺野古」県民投票1年](1)

中内力元高知県知事が発注したとされる空港構想調査の完成予想図。3500メートルの滑走路が描かれている

「PKO訓練センター」候補地

平野貞夫氏

中内力元高知県知事が発注したとされる空港構想調査の完成予想図。3500メートルの滑走路が描かれている
「PKO訓練センター」候補地 平野貞夫氏

 高知県に在沖米軍の航空部隊を移転する。防衛庁(当時)の構想を県や地元が受け入れ、普天間飛行場より長い4千メートル級滑走路の建設に動きだした時期があった。普天間移設が浮上する1996年より前、90~94年ごろのことだ。

 キーパーソンは高知県出身の平野貞夫氏(84)。後に小沢一郎氏側近の参院議員になる衆議院事務局の職員で、政官界に顔が広かった。

 平野氏によると90年秋、訪ねてきた防衛庁幹部が言った。「冷戦が終わって、政府も沖縄の基地縮小や移設を真剣に考えている」

 当初、岩国基地(山口県)の拡張を検討したものの、埋め立てや漁業補償で費用がかかりすぎる。そこで平野氏の出身地、高知県西南地域にある国有地を移転候補地に選んだという。

■移転先も了承

 根回しの依頼を受け、平野氏は旧知の中内力高知県知事(故人)に話を取り次いだ。任期限りの勇退を決めていた中内氏は「心残りは西南地域のへき地対策の遅れだ。空港を造ろうとしたが、運輸省(当時)は簡易空港しか認めない。防衛庁の話は絶好のチャンスだ」と快諾した。

 中内氏はコンサルタント会社に「高知県西南地域における空港設置にかかる構想調査」をまとめさせた。防衛庁も水面下で協力した。「秘」のはんこが押された91年10月付の概要版には、空港の完成予想図、そして概算事業費3284億円という数字が記された。

 米軍の移転には住民の反発が予想された。そこで平野氏は国連平和維持活動(PKO)の資材備蓄や人材育成を担う「PKO訓練センター」と民間空港の性格を前面に押し出した。自身が出馬することになった参院選でも公約の柱とした。

 一方、米軍の移転については予定地の大半を占める三原村、一部がかかる土佐清水市にも直接伝え、了承を取り付けていたという。

 93年11月には三原村議会が、翌12月には土佐清水市議会が、それぞれセンター誘致決議案を賛成多数で可決した。国会では自民党、公明党、社会党(当時)の議員がセンター建設の必要性をただし、防衛庁長官が「大変ありがたい」などと応じた。

■機運反転、幻に

 実現の機運は高まったかに見えた。しかし、平野氏によると94年、当初賛成していた地元の自民党国会議員が反対に転じた。平野氏も構想に賛同していた小沢氏も新進党にいて、同年の自社さ政権誕生で野党に転落した。高知県への移転構想は結局、幻に終わった。

 実は、小沢氏を政治の師と仰ぐ玉城デニー知事も衆院議員時代の2016年、現地を視察している。構想が息を吹き返す政治状況にはないのに、なぜだったのか。高知新聞は、玉城氏のコメントをこう伝える。

 「普天間基地をここに移せ、なんて生臭い話じゃないんですよ」「政府が言うように移転先は本当に辺野古しかないのか。県外移設の経緯を明らかにすることが、国民に必要な『気付き』になると思うんです」(編集委員・阿部岳

<本土よ(2)に続く>

 辺野古新基地建設に7割が反対した県民投票から24日で1年。沖縄は民主主義の枠内で考えられる限りの手続きを踏んできたが、本土の多数に支えられる政府は今も工事を続ける。沖縄が本土に投げた民意のボールは誰かが受け止めたのか、それともどこかに消えてしまったのか。沖縄から問う。

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