小雨が降る中、日本、韓国、台湾の若者たちが土にまみれながら、一心に戦争の痕跡を掘り出していた

▼現場は本部町健堅の小高い丘。1945年5月の米国の雑誌「ライフ」に掲載された写真には、瀬底島を背にしたこの場所に、朝鮮人2人を含む14人の墓標が横一列に並んでいる

▼遺骨を故郷に帰したいと、市民団体などが8~11日まで発掘作業を実施した。若者たちが取材に答えたのは「戦争の歴史を確認し、平和な世の中にしたい」との思いだ。日韓関係の悪化が懸念される中、韓国から参加した大学生のパク・スンホさん(25)と名桜大学3年の崎原陸さん(21)は「国境を超えて、一緒に歴史を発掘していることに感動している」と話した

▼当時の証言や市民団体の調査によると、14人は45年1月、渡久地港に停泊していた旧日本軍の輸送船「彦山丸」が米軍機に攻撃された際に亡くなった。身元が確認できている12人のうち7人は10代、20代の若者だ

▼発掘では人の脊椎の骨3片が見つかった。県立芸大付属研究所の安里進さん(考古学)は「骨の形状から10代」と推定している

▼健堅の丘に立つと、海の向こうに75年前の写真と変わらない瀬底島がある。同じ景色を見ながら共に今と未来を考えたアジアの若者たちの姿に、この地から友好と平和を築く草の根の広がりを感じた。(吉川毅)