社説

社説[県民投票から1年]政策転換を促す試みを

2020年2月24日 08:20

 名護市辺野古の新基地建設を巡る県民投票から、24日でちょうど1年になる。

 投票率52・48%。埋め立て「反対」は43万票を超え、有効投票数の72・15%に達した。

 十分な説明もないまま「辺野古が唯一」と繰り返すだけの政府に対し、「埋め立て反対」の明確な民意が示されたのである。

 複数の保守系市長が不参加を表明したことで、一時、全県実施が危ぶまれる局面もあった。

 政党を動かし、市長を翻意させたのは、署名活動を主導してきた若者たちのひたむきな行動や、一票の権利行使を求める地域の人々の切実な声、である。

 県民投票の実施そのものが、実はさまざまな圧力をはねのけて実現した「民主主義の実践」であった。

 あれから何が変わり、何が変わっていないのだろうか。

 防衛省は、投票翌日も名護市辺野古沿岸部への土砂投入を強行した。安倍政権の強硬姿勢は県民投票後も少しも変わっていない。

 工事を中止し、対話を求める玉城デニー知事に対し、政府は工事を止めることを拒否した。「反対しても工事は止められない」という印象を県民に植え付ける政治的狙いがあるのは明らかだ。

 法律や条例に基づいて正当に示された沖縄の民意が、時の政権の独断によって押しつぶされるのを黙って見過ごすわけにはいかない。

 沖縄の県民投票が照らし出したのは、日本の安全保障政策のいびつさと民主主義の劣化、である。

■    ■

 県民投票に向けた若い人たちの取り組みは、当初実施に消極的だった労組などの既成組織を動かした。

 闘病中の翁長雄志前知事が、最後の気力を振り絞って記者会見に臨み、埋め立て承認の撤回を表明したのは2018年7月27日だった。

 県民投票に向けて署名を集めていた「『辺野古』県民投票の会」(元山仁士郎代表)などの取り組みが知事の決断を後押ししたといわれる。

 8月8日翁長氏急逝。9月30日県知事選、翌年2月24日県民投票、4月21日衆院沖縄3区補欠選、7月21日参院選。そのすべての投票行動で示されたのは「辺野古反対」の強固な民意であった。

 沖縄への構造的な基地押しつけを前提にした安全保障政策を、どうすれば転換させることができるのか。

 それは日本全体が考えるべき、差し迫った課題だ。

■    ■

 軟弱地盤の改良工事を巡って、「不都合な事実」が次々に明らかになっている。

 辺野古の警備費として1700億円を見積もっていることも分かった。このご時世に総工費の2割近くが警備費に充てられるというのだ。

 県民の理解が得られない無理な計画を強引に推し進めるから、このような理不尽な結果を招いているのである。

 県には、県民投票の効果を最大化していくための、さらなる努力を求めたい。

 投票結果をうまくアピールできなければ、時間とともに勢いは衰えていく。

 
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