東日本大震災、東京電力福島第1原発の事故の翌月、岩立あかりさん(8)は生まれた。当時9歳だった姉のあみ子さん(17)が「明るい未来のために、周りのみんなを勇気づけられる人になってほしい」と名前を付けた

▼福島県いわき市湯本で沖縄料理店「A家食堂」を営む母親の文子さん(48)を初めて取材したのは、あかりさんが生まれたばかりの時だ。文子さんは20代の時、ぬちぐすい(命の薬)という言葉のある沖縄料理を学びたいと那覇市の老舗で修業。店を開いて3年目に、震災と原発事故が起きた

▼健康被害の不安を抱え、仕事と3人の子育てに追われる日々の中、「子どもたちの笑顔が支えてくれた」と話す。4月に小学3年生になるあかりさんは、フラとタヒチダンスに夢中だという

▼あの日から9年。この間、苦悩と模索の中で懸命に生きる人たちに出会った。津波で家族や家を失った人、原発の影響で故郷を失った人もいる

▼福島では、避難指示が解除されても帰郷する人は少ない。風評被害や汚染水対策など先が見えない状況が続く。「3・11」は進行中だ

▼原発作業員も多く訪れる文子さんの店のコンセプトは「いちゃりばちょーでー(一度出会えば皆きょうだい)」。「災後」の課題は山積みだが、街や人の心にあかりがともるように苦しみも希望も共有し続けたい。(吉川毅)