求刑通りの判決とはいえ、抱えた怒りは行き場を失い、やりきれなさが残る。

 相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件で、横浜地裁は元職員の植松聖被告に死刑を言い渡した。

 ほとんど抵抗できない障がい者に次々と襲いかかり、19人もの命を奪った戦後最悪とされる事件だ。結果の重大性を見れば、予想された帰結である。

 争点となったのは事件当時の責任能力で、特異な動機の形成過程をどう説明するかがポイントだった。

 判決は動機について、園での勤務経験などから「意思疎通ができない障がい者は周囲を不幸にする不要な存在」との考えが生じるようになったと指摘。動機の形成過程については「到底是認できる内容ではないが、病的な思考によるものではない」とし、責任能力を認定した。

 大麻使用による精神障がいとの弁護側主張は退けられ、検察の主張に沿った判断が示された形だ。

 これほどまで露骨な差別意識はなぜ形成され、どのように凶行へと突き進んだのか。

 被告は園で働く中、同僚が入所者の口に無理やり流動食を流し込むのを見て、人として扱っていないと感じたという。小学校で接した障がいのある同級生については、奇声を上げたり走り回ったり大変だなと思ったと話している。

 ただ被告自身が入所者にどのように接していたかといった仕事ぶりや、成育歴についてはほとんど明らかになっていない。

 真相解明が不完全に終わったことは悔やまれる。

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 2カ月余りの審理で、被告は遺族らを前にしても障がい者の存在価値を否定する発言を繰り返した。反省や後悔の言葉を口にすることもなかった。

 意思疎通ができない重度障がい者を自らの造語で「心失者」と呼んでいるといい、そのことを法廷で尋ねられ「加えて心がないこと」と答えていた。

 「なぜ殺されなければならなかったのか」「最期の様子を知りたい」と裁判を傍聴した遺族の心に針を突き立てるような行為である。

 被告は控訴しない意向を示している。このまま判決が確定すれば、再発防止の教訓どころか、ゆがんだ主張ばかりが裁判記録に残ることになる。

 被害者家族が望んだ結果とはいえ、気持ちの整理がつかないのではないか。

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 今回の裁判は重傷を負った1人を除いて氏名を伏せるという異例の形をとった。

 「甲A」「甲B」と記号で呼ばざるを得ない状況は、障がい者への偏見が根強い日本社会の現状を映し出すものでもある。

 「不良な子孫」という言葉で障がい者を差別したり、「生産性」という物差しで人間をより分けたりすることは、いずれも被告が持つ優生思想とつながっている。 

 罪を裁くだけでは問題は解決しない。優生思想と闘うという意思を社会として示す必要がある。