[迫る惨禍 戦後75年「あの日私は」](1)徳浜弘さん(85)=八重瀬町(旧具志頭村)

旧具志頭村具志頭に近い同村港川が炎上している様子。戦艦ワシントンの一斉射撃と空母艦載機の攻撃によって火災が生じた=1945年3月24日(県公文書館所蔵)

徳浜弘さん

米軍の空襲に遭い、崖下にあった壕の入り口めがけて飛び込んだ当時を振り返る徳浜さん。「けがしなかったのが奇跡と思う高さだ」=八重瀬町具志頭

旧具志頭村具志頭に近い同村港川が炎上している様子。戦艦ワシントンの一斉射撃と空母艦載機の攻撃によって火災が生じた=1945年3月24日(県公文書館所蔵) 徳浜弘さん 米軍の空襲に遭い、崖下にあった壕の入り口めがけて飛び込んだ当時を振り返る徳浜さん。「けがしなかったのが奇跡と思う高さだ」=八重瀬町具志頭

 「ブーーーン」

 遠くから、飛行機の鈍い音が聞こえた。空気を伝う振動は、だんだんと大きくなっていく。こっちに近づいて来るのが分かった。

 友軍(日本軍)の飛行機か、はたまた米軍か-。「迷う前に逃げなさい」。1945年3月23日午前、10歳だった徳浜弘さん(85)=八重瀬町具志頭=は、誰かの教えをとっさに思い出し、そばにいた妹の手を取って旧具志頭村具志頭の実家から飛び出した。

 この日、米軍機動部隊の艦載機延べ450機以上が、南西諸島全域を空襲。うち335機は沖縄本島を狙い、徳浜さんが通っていた具志頭国民学校や役場なども灰と化した。

 翌24日は空襲に加え、本島に約700発の艦砲が放たれた。沖縄に配備された第32軍は、米軍が南部に上陸すると想定し、旧具志頭村港川方面の戦闘準備を開始。地上戦の始まりが、すぐそこまで迫っていた。

◆家の斜めに機銃掃射

 「ダダダダダダッ」。艦載機が、家の斜め向かいにあった具志頭共同製糖工場に機銃掃射した。

 米軍の攻撃と確信し150メートルほど離れた自然壕を目指して妹と走った。「ボーンッ」。後方で爆発音が鳴った。怖くて、後ろを振り返ることができなかった。

 あれから75年。これまで表立って自身の体験を語ることはなかった。「戦争の話はしたくない。だけど、これは僕たちしか知らないことでもある」。複雑な思いを抱えながら、今も具志頭に残る壕を訪れた。