私は1992年から本紙の海外通信員を始め、2006年に行われた世界のウチナーンチュ大会の期間中に県から民間大使に認定された。90年代から空手の記事を書き続け沖縄とのつながりを持ちながら、米国東北の空手家や道場経営者たちの話を聞き、沖縄との懸け橋になろうとの使命感を抱いた。

 3年前、私は父親が空手の先生で子ども3人がそろって空手をしている家族に出会った。写真のクリス・ディ・ベットゥ一家である。

 彼は先月、米ニュージャージー州南部の正順館沖縄剛柔流空手の道場でセミナーを行った。ドイツ系で南アフリカのヨハネスブルクに生まれ、アフリカ国内の各地に住んだ。ボクシングのコーチだった父親の指導で、幼児期から格闘技に親しんだ。1976年の夏に友人から空手を紹介をされた時は9歳、その翌年から空手の修業を始めた。

 85年には、南アフリカ西ケープ州で行われた国際沖縄剛柔流空手道連盟の東恩納盛男最高師範の空手合宿に参加。92年には初渡米し、東恩納先生の指示を受けた。クリスさんは「沖縄伝統の剛柔流空手はどの技・動きも完全なシステムである」と語る。

 少年期から沖縄空手に献身的に関わり東恩納先生への忠実を尽くすクリスさんの姿勢に私は感動する。彼の空手の課題の一つは、伝統的な沖縄式の教育と訓練による文化の保存だ。そのチムグクルを空手を学ぶ仲間と共鳴させたいという気持ちは、彼と少しユンタクしただけで理解できる。世界中で1億人以上が空手愛好者だと推定されており、クリスさんは他の空手家たちにも早く沖縄へ行くように勧めている。

 「和して同ぜず」とは紀元前の論語の中に出てくる言葉である。人と協調していくのはよいが、むやみに独自性を失い同調しないということだ。同じルーツでも創始者や家元が他界すると、ほとんどが各流派に分断されていく。これはどの国の伝統芸能文化にも当てはまる。悲しいことに、ニュージャージー州だけで沖縄全体よりも多くの空手の最高範士や師範がいる。

 「伝統的な沖縄空手」と主張する多くの空手家たちが、沖縄の本部道場や組織との関係を持たずに、自己称賛や自己昇進し、最高範士や師範と名乗っている。それにより長年の人生体験、カリキュラムの実務知識、技術、年齢に応じてのレベル基準は大幅に引き下げられているのではないかと感じることがある。

 この問題はここ米国だけの課題だろうか?

(てい子与那覇トゥーシー)=第4月曜日掲載

(写図説明)沖縄伝統空手道場・武心館にて空手のトレーニングを積むクリス・ディ・ベットゥ一家。後列中央がクリスさん=米ニュージャージー州