[迫る惨禍 戦後75年「あの日私は」](3)田原豊子さん(92)=渡嘉敷村 木々の間から見える上空の米軍機におびえながら、砲爆撃の音が響く渡嘉敷島の山中をただただ逃げ惑った。「もう、ちゃーひんぎー(ずっと逃げ続け)、生きた心地もしなかった」 「始まり」は1945年3月23日正午ごろだった。