新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。感染者が急速に増えているだけでなく、感染源のはっきりしないケースも目立ってきた。

 街から人が消え、仕事がなくなった。フリーランス、非正規など不安定な雇用環境にある人々や、観光業、飲食店などに勤める人々の暮らしが足元から揺らぎ始めている。

 米国や欧州の一部では感染爆発が起き、医療崩壊が現実になりつつあるというのに、現時点では特効薬やワクチンがない。

 社会全体に重苦しい空気と不安が広がっている。

 「戦争の最初の犠牲者は真実である」という言葉があるが、不安に乗じて「非常時」に勢いを増すのは、デマ、流言、フェイクニュースのたぐいである。

 実際、ネット上には、事実に基づかない誤情報や虚偽情報、真偽不明の情報、陰謀論がはんらんし、人々の不安をかきたてている。

 SNS上のフェイクニュースは、科学的事実よりも速く広く拡散し、真に受けた人々の不安感や恐怖感を高める。

 不安感や恐怖感が、差別や偏見、思い込みと結び付いたとき、攻撃的で暴力的な感情が特定の集団や国家、個人に向けられることが多い。

 人々のさまざまな営みによって築かれた信頼や尊厳、人権が脅かされるのはそんなときだ。現状を「非常時」だと形容するのは、そのような憂うべき事態が国内を含め世界各地でみられるからである。

 新型コロナウイルスとの闘いは、差別や偏見との闘いでもある。

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 日本新聞協会は、4月6日を「新聞をヨム日」とし、同日から12日までを「春の新聞週間」と定めている。

 新型コロナウイルスの感染拡大は新聞メディアに重い課題を突き付けている。

 感染者が日ごとに増加していく中で、「情報のライフライン」としての新聞の機能をどのように維持していくか、という現実問題が一つ。

 もう一つは、この事態をどのように報道していくか、という「非常時」ジャーナリズムのあり方の問題だ。

 懸念されるのは、権威主義的国家が「非常時に強い」と評価され、自由や個人の尊厳など憲法が前提としているさまざまな価値が軽んじられることである。

 コロナウイルスの「出自」を巡る米中の対立や、米国とフランスで表面化した「マスク争奪戦」など、嘆かわしい事態も起きている。

 パンデミック(世界的大流行)を克服するための各国の協調と連帯を強く求めたい。

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 新聞は今、経営的にもジャーナリズムの面でも、これまでにない厳しい環境に置かれている。ただ、「情報のライフライン」としての役割や、「民主主義の情報インフラ」としての役割がなくなったわけではない。

 テレビ、ネット、新聞がそれぞれのメディア特性を発揮しながら、相互補完的な関係を築くことが重要である。

 権力監視の役割を果たすと同時に、地域と共に歩む建設的ジャーナリズムの姿勢を強めていきたい。