戦世生きて くらしの記録

雑草は貴重なヤギのえさ「鎌投げゲームで総取り賭けた」 空襲後は墓の中で寝泊まり 骨壺棚が寝台に

2020年4月10日 16:00

[戦世生きて くらしの記録](23)浦添市出身 富本祐二さん(上)

戦前の生活を振り返る富本祐二さん=浦添市・前田自治会館

戦前の生活を振り返る富本祐二さん=浦添市・前田自治会館

 「よし、じゃあ鎌で決めよう」

 浦添市前田の富本祐二さん(84)が浦添国民学校に通っていた7、8歳のころだ。子どもたちの「仕事」と言えば、学校帰りにヤギや牛など家畜に食べさせる草を探すこと。鎌で刈り終えると、それぞれの草を賭けて、鎌を投げるゲームで遊ぶのがお決まりだった。

 ゲームのルールは単純だ。数メートル先に棒を立てて、棒めがけて草刈り鎌をくるくると回転させて投げる。一番うまく棒に鎌を引っかけた人が勝ちで、賭けられた草を全部持ち帰ることができる。

 当時の前田地区は農村地帯。住人はほぼみんなが牛や豚を飼い、道ばたの草花はほとんど餌になっていて、雑草は子どもたちにとって手に入らないこともある貴重な代物だった。

 ある日、富本さんは「賭け」に負けた。3つ上の兄と一緒に再度探しに出たものの、道ばたの雑草はきれいに刈り取られている。諦めて手ぶらで帰宅して黙っていると、翌朝、父の怒号が響いた。兄と必死で「あげたけど、もう牛が食べたんだ」と言い訳したが、きっと父にはばれていたのでは、と今では思う。

 集落は水が豊かで田んぼが広がり、点在するかやぶきの家は一つ一つが防風用の竹やぶで覆われていた。その竹でざるを作ったり、竹馬を作ったりして遊んだ。あぜ道から眺める集落は、子ども心に美しい景色だった。

 異変を感じたのは、1944年10月10日の大空襲の後だ。「何かあったら壕や墓へ避難するように」と、父母から盛んに言われるようになった。

 「寝てる時に起こされるのは面倒くさい」

 そう考えた富本さんは、兄と2人で最初から墓に入ろうと考えた。幸い、近所に大きな亀甲墓を持つ家があり、交渉して中に入れてもらった。

 それからは、家で夕飯を食べた後に墓の中に入り、骨つぼを置く棚を寝台にして就寝。朝は墓から学校へ行く生活をしばらく続けていた。

 気が付いたときには、集落に兵隊の姿があった。大きな屋敷には兵隊が入るようになり、母が、「これは兵隊さんに」と、出来のいいイモを保管するようになった。

 そんな変化は日常生活に自然と入り込んでいて、何の怖さも感じていなかった。(國吉美香)

戦時中の暮らしエピソード募集

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