大弦小弦

[大弦小弦]「在っちゃう」こと

2020年4月20日 06:00

 昔々、ある所にけちな男がいた。結婚した相手は食べずに働くと約束した女。でも女は化け物だった。男に隠れ、頭にある二つめの口で毎日1俵の米を食べていた

▼この昔話「食わず女房」が、相模原殺傷事件を下敷きにした辺見庸さんの小説「月」に出てくる。話すことも動くこともできないが自由に思考する施設入所者「きーちゃん」は、食べさせない男より異形の女を悪とみなす伝承と社会を問う。食べ尽くされる米を、障がい者政策に使われる税金の暗示とみる

▼植松聖死刑囚がモデルの「さとくん」は、そんな社会は内心では殺傷を支持すると確信している。表向きは異常者ということにして切り捨てたいだろう、でも死刑にするためにできないだろう、とも

▼実際その通りになった。植松死刑囚は刑事責任能力が認められた。単なる異常者ではない

▼存在すべきでない人を選んで死を強いる点で、事件と死刑は変わらない。動機は未解明という報道は本当だろうか。私たちは何となく理解できてしまう自分自身から目をそらしているだけではないか

▼「きーちゃん」は自身について「なんのためかは知らねども、まず在る」「在っちゃう」と考える。役に立つかどうかは関係ない。理由も条件もない。はかない命たちが在るだけ。その事実を何度でもかみしめ、血肉としたい。(阿部岳

 
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