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「コロナに追い打ちかけられ、寂しい」 戦後75年の節目 慰霊の式典縮小

2020年5月16日 17:00

 「慰霊の日」の6月23日に開かれる沖縄全戦没者追悼式の大幅縮小が正式に発表された15日、沖縄戦体験者らは「やむを得ない」「寂しい」と残念がった。一方、「縮小でも、取りやめにはならず良かった」と安堵(あんど)する声も。戦後75年の節目に平和への思いを継承しようと、自身の体験を語り継ぐ決意も聞かれた。

平和の礎(資料写真)

 元師範学校生で鉄血勤皇隊として15歳で沖縄戦に駆り出された古堅実吉さん(90)は「健康面を優先しないといけない。やむを得ない」と受け止める。

 戦後75年がたち、沖縄戦を知る同世代は年々減少。若い人に自身の体験を残したいとの思いが強まり「慰霊祭ができなくても、できる範囲で語り部などの活動などを続けたい」と話す。

 対馬丸記念会の高良政勝理事長(80)は、戦争体験者や遺族らの高齢化に伴い、今年に限らず各地で慰霊祭が難しい状況に触れ「新型コロナウイルスに追い打ちを掛けられているようで、寂しい」と肩を落とす。

 例年通り、8月22日に対馬丸犠牲者の慰霊祭を予定しており「今年が最後という気持ちの人もいるので、できるだけいつも通りやりたい」と願う。

 沖縄戦で廃校となった私立昭和高等女学校の卒業生らでつくる梯梧同窓会の上原はつ子さん(91)は「犠牲になった方々を思うと、取りやめにだけはしてほしくなかった。縮小でもやるならそれでいい」と安堵。糸満市の梯梧之塔では例年通り自由参拝を続けるとし「生き残った自分たちがやらなければ。歩ける間は足を運び続けたい」と話した。

世界的非常事態 縮小は仕方ない

石原昌家沖縄国際大学名誉教授(平和学)の話 

 新型コロナウイルス感染拡大という世界的な非常事態の中で、「慰霊の日」の沖縄全戦没者追悼式の大幅縮小はやむを得ない。

 一方、戦後75年たった今も、生き残った人たちや遺族の戦没者に対する思いは全く変わらない。

 慰霊の日の式典に参列し、平和の礎に刻まれた名前の前で戦没者に思いをはせるのは、遺族にとっては重要な意味を持っている。 特に亡くなった人の遺骨を探せなかった多くの人たちにとっては、家族単位で刻銘されている平和の礎はお墓のような存在で、手を合わせたい気持ちが強くあると思う。

 戦後75年の節目の年に前例のない事態に直面し、今年は遠く離れた所から手を合わせることになるが、これにより風化するわけではない。

 感染拡大を防ぐための緊急避難的な対応なので、今年は自宅でトートーメー(位牌 いはい)に手を合わせるように戦没者をしのび、平和を誓うとともに、この新しいウイルスの発生を踏まえ、これまでの生活を見つめ直す日としたい。

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