大弦小弦

[大弦小弦]復帰か返還か奪還か

2020年5月18日 09:43

 沖縄で「本土復帰」と呼ぶ出来事を、日本ではよく「沖縄返還」と言う。違和感があった。「返還」した主体は米国なのに、なぜ日本がこの言葉を使うのだろう

▼返されたのは沖縄の施政権であり、領土。「返還」の文脈では、沖縄はあくまで客体として扱われる。1972年5月15日の記念式典で、屋良朝苗知事は「沖縄が歴史上、常に手段として利用されてきたこと」への警戒を述べた

▼沖縄が主体になると、戻ることを指す「復帰」はすんなり意味が通る。当時も今も異論はあるものの、人権が無視された米軍支配下で、多くの人が日本の平和憲法や「同胞」を選んだ

▼では日本を主体に据えた場合、ふさわしい言葉は何か。「奪還」だろうか。実際に日本の革新勢力は「沖縄を返せ」「われらのものだ」という歌を作った。沖縄を勝手に併合し、切り捨ててきた近現代史を振り返れば、これほど傲慢(ごうまん)な言葉もない。一方の政府や保守勢力も、米国と事を荒立てるような「奪還」は選ばなかった

▼歴史を動かす力は自由な日本ではなく、米軍支配下の沖縄で生まれた。日本は結局、主体となる力も主体として語る言葉も、持ち得なかったのではないか

▼言葉を借用するに及んでも、沖縄目線の「復帰」ではなく、米国目線の「返還」を選んだ。その帰結として、48年後のきょうがある。(阿部岳

 
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