沖縄タイムス+プラス ニュース

「糸と縄の取引」成立せず 沖縄返還交渉 米、繊維輸出問題を先送り

2020年5月20日 10:06

 1972年5月に米国が沖縄の施政権を日本へ返還する見返りに、日本から米国への繊維製品の輸出規制に合意したとする「糸(繊維)と縄(沖縄)」の取引について、長年研究を続けてきた沖縄対外問題研究会の我部政明代表(琉球大学名誉教授)は、「米政府は取引を模索したが、成立しなかった」と結論付けた。米国が重視したのは、経済的利益ではなく、沖縄の基地の自由使用といった軍事的利益だったとして「それが沖縄に基地を固定化する現状につながった」と分析した。(政経部・福元大輔)

ワシントンで佐藤首相とニクソン米大統領の日米首脳によって発表された日米共同声明で沖縄の施政権が米国から日本に移されることになった=1969年11月

 沖縄の施政権返還は、69年11月の日米首脳会談で決まった。その裏で(1)米国は沖縄の核撤去に応じ、日本は有事での再持ち込みを認める(2)日本は70年から5年間、繊維製品の対米輸出を規制する-という密約に合意した。関係者の回顧録などで密約の存在が明らかとなり、「糸と縄の交換」「糸と縄の取引」などと言われてきた。

 共同声明には「核問題」であいまいな表現を盛り込む一方、繊維問題では協議した事実すら触れなかった。「糸と縄の取引」の印象を拭いたい佐藤栄作首相の意向だったとされている。

 72年秋の再選を目指すニクソン米大統領にとって、アジア諸国からの輸出規制の合意は最重要課題だった。しかし、日本との交渉は進まず、70年春までに密約は破綻している。暗礁に乗り上げ、ニクソン氏の怒りは高まった。

 打開に動いたのは繊維問題担当のケネディ特使。71年6月1日、同17日予定の沖縄返還協定の調印について「繊維交渉で妥結するまで先延ばしすべきだ」とニクソン氏に進言した。

 キッシンジャー大統領補佐官に「極端すぎる」と一蹴されると、ケネディ氏は同7日までに「台湾が領有権を主張する尖閣諸島を日本への施政権返還の対象から外す」ことを提案した。

 日本側にショックを与えるだけではなく、台湾を懐柔し、台湾から米国への繊維輸出規制に合意すれば、韓国、香港、日本とのその後の交渉を有利に進めることができると打算し、「死活的に重要」と強調した。

 ニクソン氏はホワイトハウスでの会議で、ケネディ氏の提案を却下。公電の中で「(返還協定を)撤回するには、(原状回復費の日本側負担など)数多くの約束が既に交わされている」と理由を説明した。

 日米両政府は予定通り、沖縄返還協定に調印。繊維交渉はその後も続き、田中角栄通産相が示した米側の要求をのむ代わりに、繊維業界の損失を穴埋めするという方針の下、71年10月に決着した。

[ことば] 日米繊維交渉と沖縄返還 繊維輸出の規制と沖縄返還を絡めた交渉は、「糸(繊維)と縄(沖縄)」の取引と言われる。ニクソン米大統領が1968年の選挙で繊維輸入規制の導入を公約に当選、日本に包括的な協定締結を求めた。佐藤栄作首相は69年11月の日米首脳会談で、沖縄返還と引き換えに早期妥結の「密約」を交わした。交渉は規制方式で折り合えず難航。70年の再交渉でもまとまらず、日米関係は悪化した。71年7月就任の田中角栄通産相が米側の主張を全面的に受け入れ、国内繊維業界の損失を約2千億円補償する方針に転換、同年10月に政府間協定に基本合意して決着した。

連載・コラム
きょうのお天気
アクセスランキング
ニュース 解説・コラム
24時間 1週間