首相が参列する式典は、だいたい格式張っている。出席者は限られた招待客だったり、事前に決められていたり。6月23日、沖縄全戦没者追悼式の最も良い点は、だれもが自由に参加できることだと思っていた

▼肩書も思想信条も問わない。所持品チェックを受ければ自由にテントへ入り、知事や首相の言葉をじかに聞く。一般客用のいすが2千脚も用意される、住民参加型だ。みんなが同じ時、同じ場所で死者を悼み、非戦を誓う

▼自由な参列だから、政府の日ごろの対応が沖縄に冷たければ、やじが飛ぶ。厳粛な場であり賛否はあるが、国が沖縄の辛苦に思いをはせ、えりを正す機会になっていると思いたい

▼取材したある年、児童合唱団の「月桃」を聞き、涙がぼろぼろ流れて止まらなくなった。子どもからお年寄りまで、静かに調べを聞く数千の人たち。「ウチナーンチュで良かった」と実感する、場の力があった

▼県は今年、コロナの影響で規模を縮小する。感染防止でやむを得ないと頭では理解するが、心がもやもやする。1年に1度、住民が集まり、75年前に思いをはせる場の喪失だから

▼あの年、出稿を終えて同僚とカラオケに行った。〈6月23日待たず/月桃の花散りました〉。目を真っ赤にして熱唱する彼、彼女も会場で取材していた。記者の心も震わせる式典を、来年こそ。(吉田央)