あの日、海は泥をすくったように青黒く、潮は刃物を思わせるような鋭さで引いていた。えたいの知れない不気味なごう音は、3人の命を飲み込む津波の前触れだった

名護市の伊差川政男さん(77)は、毎年5月24日になると市真喜屋の護岸に立つ。津波を目の当たりにしたその日を振り返り、助かった命に感謝する。60年前の今日だった。1960年のチリ地震津波

▼地球の裏側の南米チリ沖が震源で、揺れは感じなかった。津波が1日かけて太平洋を覆い、日本の沿岸を不意打ちした。警察庁の調べで死者・行方不明者は139人に上った

▼この犠牲者の数に沖縄の3人が入っていない。当時は本土復帰前の米軍施政権下だったから。17歳の少女ら亡くなった3人を消し去ってしまうかのような悲哀と不条理

▼伊差川さんは津波から逃げる途中、「おばあさん!」というその少女の声を聞いている。共に逃げていた祖母への叫びだったと考えている。その後、二人は仮死状態で、抱き合うようにして見つかったという

▼「人工呼吸を知っていれば、助けられたかもしれない」。そんな体験者の述懐がある。少女はうつむいたまま息を引き取る。かわいらしい、おかっぱ姿がいじらしく、人々の涙を誘ったという。地球の営みの中で60年前などつい先ほどの出来事。命を守る記憶をつなぎたい。(粟国雄一郎)