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75年前のきょう、旧日本軍が撤退… 首里城地下「司令部壕」公開の声強まる 

2020年5月27日 13:50

 昨年の火災で焼失した首里城の再建が進む中、地下に埋もれている沖縄戦時の旧日本軍第32軍司令部壕を巡る保存の在り方が焦点となっている。1945年5月27日、第32軍は同壕を撤退し、本島南部へ移動を開始。逃げ場を失った多くの住民が、同軍とともに追い詰められ、命を落とした。県は首里城復興基本方針に壕の保存を明記。市民団体は一般公開を求めて活動を始めた。(31日に特集「首里城 時代の地図」)

現在、唯一開いている第32軍司令部壕の第5坑口=2020年2月14日、那覇市首里金城町

第32軍司令部壕の位置

現在、唯一開いている第32軍司令部壕の第5坑口=2020年2月14日、那覇市首里金城町 第32軍司令部壕の位置

 同壕は首里城西側に位置する。最も深い所で地下30メートルに南北に掘られ、総延長は約1キロ。千人余の将兵や県出身の軍属、学徒隊、「慰安婦」が雑居していた。撤退時に爆破されて入り口は埋まり、現在は南側の第5坑道の入り口1カ所だけが開いている。

 同壕では、本土上陸を遅らせる「持久戦」とされた沖縄戦の指揮がとられたほか、沖縄語で会話する者をスパイとして「処分」すると規定された。「1日数千発の砲爆弾」(八原博通第32軍高級参謀)を受けて首里城が崩壊するなど、人命と文化を破壊した沖縄戦を象徴する遺跡としての認識が高まっている。(首里城取材班・城間有)

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