社説

社説 [追悼式典の会場変更] 今、考えるべきことは

2020年5月31日 10:29

 開催場所の変更を公表して1カ月もたたないのに、変更を取りやめ、元に戻すのだという。

 新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、緊急事態宣言が全面解除された、という状況の変化が背景にあるのは確かだ。

 計画の再変更を歓迎したいが、県民に対する分かりやすい経過説明が必要である。

 コロナ対策のため参列者を16人に減らすなど大幅に規模を縮小し、糸満市摩文仁の平和祈念公園広場での開催を取りやめ、丘の上にある国立沖縄戦没者墓苑で開く-。

 6月23日の慰霊の日に開かれる沖縄全戦没者追悼式について、玉城デニー知事が場所の変更を明らかにしたのは、5月15日のことだった。

 規模の縮小は感染症対策として理解できるとしても、なぜ場所が国立戦没者墓苑でなければならないのか。

 沖縄戦研究者など市民の中からは「追悼式の意味が変わってしまう」と危惧の声が上がった。この問題が沖縄にとって、単なる場所変更にとどまらない意味を持つからだ。

 国立戦没者墓苑は1979年に建立された。沖縄戦で亡くなった軍人・軍属や住民の遺骨約18万余柱が納骨されている。

 紆余(うよ)曲折を経て国家による遺骨の一元管理が実現したことになる。

 県主催の追悼式を国家施設で開くことによって、沖縄戦における住民被害の実相がフタをされ、住民の犠牲が国難に殉じた崇高な死として一元的に意味づけられるおそれがある。

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 玉城知事は29日、開催場所を再検討する考えを示した。式典を200人以下の規模とし、会場を従来通り、平和祈念公園広場とする案が有力だ。

 95年には、広場に隣接する場所に、国籍を問わず戦没者の名前を刻んだ平和の礎が建立された。老朽化していた県平和祈念資料館も2000年に移転され、装いを新たにした。17年には「全学徒隊の碑」も設置されている。

 式典会場を取り囲むように設置されたこの三つの施設やモニュメントは、いずれも沖縄戦の実相を多角的に伝えており、平和を願う式典の場所としてふさわしい。

 実は、国立戦没者墓苑での開催には、もう一つの懸念がある。コロナ対策を理由に、今年の慰霊祭を中止したり、規模を縮小する自治体や団体が少なくない。それがコロナ危機後の「ニューノーマル」(新常態)として定着するのではないかという懸念だ。

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 体験者や遺族が高齢化し、毎年の慰霊祭に出席できない人たちが増えている。

 コロナ対策で慰霊祭の規模を縮小したり、開催を中止したりするケースが、来年以降も「ニューノーマル」の名の下に定着すれば、慰霊の日の持つ意味が希薄化するおそれがある。

 戦後世代が中心になって運営している「ひめゆり平和祈念資料館」も入館者の減少に歯止めがかからず、頭を痛めている。

 沖縄戦の記憶の継承をどのように進めていくか-この機会にもう一度問い直したい。

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