沖縄戦を学ぶことは大切と考える一方で、基地への抵抗感は弱まっている。

 戦後75年に合わせ、沖縄歴史教育研究会と県高教組が県内の高校生を対象に実施した平和教育に関するアンケートで、こんな高校生像が浮かび上がった。

 アンケートは戦後50年の節目の1995年以来、5年ごとに実施。今回は昨年11月から今年3月にかけて高校2年生を対象に、42校1653人から回答があった。

 沖縄戦の学びを「とても大切」「大切」と回答した高校生は合わせて95・5%に上る。毎回90%台で推移しているが、今回最高となった。

 高校生らが沖縄の原点ともいえる沖縄戦から平和のあり方を学ぼうとする姿勢がうかがえるのは心強い。

 「家族・親族で、沖縄戦について話してくれる人はいますか」との問いには「いる」(30・3%)「いない」(52・2%)「わからない」(17・5%)の結果だった。

 この設問が初めて取り入れられた2010年には「いる」が「いない」を5・5ポイント上回っていた。

 5年後には逆転し「いる」が「いない」を3・4ポイント下回った。今回はその差が一気に21・9ポイントも広がった。

 沖縄戦を体験した世代が県人口の6%台にまで減少している。体験者が年々減り続ける中で、体験談を直接聞くことが難しい時代になっている。沖縄戦の話題が少なくなっていくのは自然の流れだ。

 そんな困難に直面する中で沖縄戦の実相をどう継承していくかは切実な問題だ。

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 沖縄の米軍基地については「全面撤去」「整理・縮小」合わせて60・8%。83・8%を記録した米兵暴行事件が発生した1995年以降、漸減傾向が続いている。普天間飛行場の移設については「国外・県外」(29・8%)「辺野古」(10・2%)「現在のまま」(16・3%)「わからない」(43・7%)である。

 「わからない」が1番多いことに注目したい。

 沖縄戦後の27年に及ぶ米軍統治下に広大な米軍基地が形成され、今なお過重な基地負担が強いられているのは沖縄戦から地続きである。基地あるが故の事件・事故も枚挙にいとまがない。

 「わからない」のは高校生が沖縄近現代史をトータルで学ぶ機会が少ないからではないだろうか。学校側が時事・政治問題を取り上げることに及び腰になっていることにも要因があるかもしれない。

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 今、戦後世代の私たちに問われている緊要なことは、非体験者としての位置を自覚しながら、体験者との共同作業により沖縄戦の〈当事者性〉を、いかに獲得していくことができるかにある、と言えるのではなかろうか。

 こう書いたのは故屋嘉比収さん(日本近代思想史)である。高校生を含む私たち非体験者がどのように沖縄戦体験者と共同作業し、体験を共有できるのか。現実は非体験者が非体験者にどのようにして実相を伝えることができるのかに移っている。

 私たちが向き合わなければならない大きな課題である。