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「日本のバスケの方向性を示すようなゲームを必ずやろう」 沖縄の弱小チームを全国に導いたバスケットボール指導者、安里幸男のコトバ

2020年6月12日 15:51
 

 沖縄県内6高校でバスケットボール男子を指導してきた安里幸男(大宜味村出身)は1978年、無名だった辺土名高校の外部コーチとして県勢初の全国高校総体3位に導いた。

 指導者を目指し中京大へ進み、卒業前の76年2月に当時高校最強を誇った能代工業(秋田)に出向いた。そこでは「やる気に満ちあふれ、みんなの目が一つの目になっていた。伝統、迫力、全てが違った」と圧倒された。細かい技術よりも、選手の心に火を付けることが重要だと思い知らされた。

■母校のコーチに 弱小チームをが全国3位に導く

 県内でも弱小だった母校の辺土名高校で外部コーチに就任。「小さな沖縄が勝つには、平面的なバスケしかない」。ゴール下を割られても、点を取られた時には既に速攻要員が相手コートに走っている「ラン&ガン」を徹底的に教え込んだ。

 その2年後、スタメンの平均身長が169センチしかない小兵軍団が6月の県総体を制し、全国総体出場決定。泡盛を飲みながら、練習ノートに書いた言葉は「日本のバスケットボールの方向性を示すようなゲームを必ずやろう」。選手たちの飛躍を願いながら、バスケットボール界全体の将来を見据えていた。

 全国総体で選手たちは覚醒した。地元開催で強化してきた山形東を114―105で制すと、準決勝へと一気に駆け上がった。だが強豪の大濠(福岡)には戦い方を研究され、連戦の疲れもあり敗れた。それでも沖縄初の3位は「辺土名旋風」と称賛され、大会運営本部から異例の「敢闘賞」を与えられた。

山形インターハイ・男子バスケットで辺土名が全国3位に輝く=1978年8月6日

 辺土名時代を合わせて総体や国体、選抜優勝大会で全国3位を5度、8強入りを6度達成。教え子たちも巣立ち、各校の監督を務めている。「生きている限り、バスケを追求したい」。2014年に前原高で定年退職した後も、外部コーチとして辣腕(らつわん)を振るっている。 

バスケットボールクリニックで、安里幸男さん(右)の話を真剣な表情で聞く子どもたち=2017年8月、うるま市・田場小学校体育館

記事・當山学、デザイン・新垣怜奈 

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