大弦小弦

[大弦小弦] 「物呉ゆすど」再考

2020年6月14日 09:12

 第一尚氏が王位を奪われたクーデターは、官吏の安里大親が唱えた「物呉ゆすど我御主(むぬくゆすどぅわーうすう)」がきっかけとされる。直訳なら「物をくれる人が自分の主人」

▼事大主義の思想にも読めるが、作家の大城立裕さんは、むしろ民主革命の謳歌(おうか)だと説いている。「民に人間らしい生活をさせえない国主は追放してもよい」という“放伐”だと(本紙「唐獅子」1968年7月1日)

▼再び土砂が投げ込まれた辺野古の海で、石材を運ぶダンプの車列の前で、あらがう市民にこの「物呉ゆすど-」を想起した。新基地建設の総工費は膨らみ続けて9300億円。県の試算では2兆5500億円に上る

▼「コロナの拡大で市民生活の窮乏が深まるなか、基地建設に莫大(ばくだい)な予算を浪費し続ければ、県内外で不満と怒りが高まる。認識を根底から改める時を迎えている」。新基地建設を考える有志が訴えている

▼梅雨明けした基地のゲートでは、直立不動で隊列を組む初老の警備員が、汗をぬぐいながら苦しそうに何度も息を吐いていた。機動隊の若者たちは、親にも近い年の人々に対峙(たいじ)させられている

▼医療や福祉、雇用、教育などさまざまな分野で、コロナはひずみをあらわにした。人が人らしく生きるとはどういうことか。目指すべきは、かつてと同じ社会ではないはずだ。(粟国雄一郎)

 
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