沖縄県中城村南浜の海岸で8日、福島県からとみられる漂着物が見つかった。反射板が付いた長さ約150センチほどの金属製のポールで、「相馬市」の文字がうっすら残る。2011年3月11日の東日本大震災から丸9年。海岸清掃中にポールを見つけた三和アグリテクノの高山健太郎社長は「津波で流されてきたなら、このポールにしがみついた人がいたかもしれない。そう考えると手を合わせたい気持ちになる」と話している。(中部報道部・平島夏実)

「相馬市」と書かれたポールを見つけた三和アグリテクノの佐久田隆彦さん(左)と高山健太郎社長=10日、中城村南浜

 中城村によると、東日本大震災の津波が原因とみられる漂着物が村内で見つかったのは今回が初めて。ポールは村が引き取り、防災イベントなどで役立てたいという。

 見つかったポールは「視線誘導標」。雨天時や夜間、ドライバーに道路の両脇や中央ラインの位置を知らせる。三和アグリテクノの社員がグーグルのストリートビュー機能で検索すると、中城村の海岸で見つけたのと同じポールが福島県内相馬市の道路沿いにあった。

 ただし、道路上に出ているポールの高さは漂着物の約半分。地中に埋まっていた部分が津波の力で引っこ抜けたのだろうと想像した。

 相馬市では450人以上が、震災で亡くなったり行方不明になったりした。津波により、宮城県多賀城市付近から相馬市付近にかけての沿岸部が約60キロにわたり浸水した。

 震災発生当時、名護市内にいたという高山さん。注文を受けたビニールハウスの資材を配達中、中城村内の本社事務所からひっきりなしで電話が鳴った。テレビでは、ビニールハウスを悠々と飲のみ込む津波の映像が流れていた。

 「映っていたビニールハウスの高さは約5メートル。仕事柄よく分かるだけに、津波の怖さが感覚的に迫ってきた」と振り返る。

 高山さんらは8日、本社に隣接する海岸で「相馬市」と書かれたポールを見つけた。国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)に向け、まずは海岸清掃からやってみようと全従業員約20人で海に出た初日の出来事。「海は、やっぱりつながっているんだ」。感慨深さを胸に、ポールと一緒に流されたかもしれない人々に思いをはせた。