マシンやゲージ、防球ネットは、銀行から自分で融資を受けてそろえた。日が昇る前にはグラウンドに立ち、大好きな長渕剛の歌を流しながら、選手が来るのを待ち続けた。自宅では、録画した甲子園大会のビデオを見るのが日課だった。 2006年、全国の離島勢で初めて自力での甲子園出場を決めた八重山商工。