戦後75年を迎えた「慰霊の日」の23日、沖縄県内は20万人超の犠牲者を追悼する鎮魂の祈りに包まれた。糸満市摩文仁の平和祈念公園内の「平和の礎」には、小雨が降る中、早朝から多くの遺族らの姿が絶えなかった。亡き肉親の思い出や激しい戦場の記憶を呼び覚まして目を潤ませる高齢者ら。子や孫とともに線香や花、菓子などを手向け、恒久平和を願った。

平和の尊さを継承しながら世代を超えて手を合わせる遺族=23日午前7時38分、糸満市摩文仁・県平和記念公園

「会いに来たよ」涙を流し、戦争で犠牲になった親族の名前を手でなぞる戦争体験者=23日午前8時50分、糸満市摩文仁・県平和祈念公園

「平和の火」の前で抱き合って祈る家族連れ=23日午前6時11分、糸満市摩文仁・平和祈念公園

礎にある「平和の火」に手を合わせる子供たち=23日。午前7時52分、糸満市摩文仁・平和祈念公園

平和の尊さを継承しながら世代を超えて手を合わせる遺族=23日午前7時38分、糸満市摩文仁・県平和記念公園 「会いに来たよ」涙を流し、戦争で犠牲になった親族の名前を手でなぞる戦争体験者=23日午前8時50分、糸満市摩文仁・県平和祈念公園 「平和の火」の前で抱き合って祈る家族連れ=23日午前6時11分、糸満市摩文仁・平和祈念公園 礎にある「平和の火」に手を合わせる子供たち=23日。午前7時52分、糸満市摩文仁・平和祈念公園

 沖縄戦は県民、日米軍人ら20万人超が亡くなった。平和の礎は今年新たに30人(県出身20人、県外出身9人、米国出身1人)が加わり、刻銘総数は24万1593人となった。

 平和祈念公園では午前11時50分から沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が営まれた。玉城デニー知事が「平和宣言」をし、県立首里高校3年の高良朱香音(あかね)さん(17)が「平和の詩」を朗読する。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止で、参列者を県内招待客のみに限るなど大幅に縮小した異例の開催。安倍晋三首相のほか、戦後75年の節目に初めて招待予定だった被爆地の広島・長崎両市長、ニューヨークから国連代表がビデオメッセージを寄せた。正午の時報に合わせ、犠牲者に1分間の黙とうをささげる。

 感染対策で例年設置する式典終了後の焼香台はない。礎には、マスクを着け、「密閉・密集・密接」の3密を避けて参拝する遺族の姿が目立った。

 不戦を誓った戦後75年の日本の歩みだが、再び戦争につながると危機感を抱く県民は少なくない。住民を巻き込んだ地上戦、沖縄戦の実相を風化させず、継承したいとする体験者の思いは切実だ。今なお国土面積の約0・6%の沖縄に米軍専用施設の約70・3%が集中し、過重な基地負担が県民生活や振興開発に影響を及ぼしている。