沖縄県本部町健堅の小橋川光夫さん(80)は1942年、3歳の時に父親の嘉則さん=当時25歳=が漁師として出稼ぎのため単身で移住していたサイパン島へ母と2人で移住した。サイパンでは多くの日本人と移民生活を送っていたが、激しい戦争で母を失い、自らも九死に一生を得た。