沖縄市美里の新垣ヨシ子さん(84)=旧姓・伊佐=が、戦前暮らしていた那覇市首里石嶺町で仲良くしていた当時2~3歳くらいの男の子を探している。名前は「キンジョウサカエ君」。沖縄戦で離れ離れになり、戦後直後、宜野座村の収容所の病院で見掛けた後、消息が分からないという。

「情報があればぜひ寄せてほしい」と話す新垣ヨシ子さん=23日、沖縄市地域包括支援センター中部北

■家族失い孤独に

 首里の国民学校に通っていた新垣さんは下校時、サカエ君から「ネーネー(お姉さん)」と声を掛けられ、あいさつを交わすのが習慣だった。

 1945年に沖縄戦が始まり、住民はバラバラに。新垣さんは両親、家族を失って収容所に連れて行かれた。夏ごろ、収容所の病院でサカエ君とみられる少年が苦しみ、周囲の大人から手当を受けているのを見た。

 家族らしき人が周囲にいなかったため、「きっと両親は亡くなったんだ」と考え、新垣さんは「あの子を知っている、一緒に帰りたい」と病院の人に訴えたが相手にされなかった。

■思い出話したい

 家族を失って戦後大変な苦労をした新垣さんは、同じく孤独の身になったであろうサカエ君を見捨てる形になったことを後悔し続けた。戦後、サカエ君の家は無くなっていた。結婚後、夫の重治さん(86)と手掛かりを探したものの、有力な情報は得られなかった。

 昨年、沖縄市の地域包括支援センター中部北に相談。職員が宜野座村役場などに問い合わせたが、名簿などは残っていなかった。

 新垣さんは「サカエ君は小さかったので私のことを覚えていないかもしれない。元気で再会できたら、抱き締めて昔の思い出話をしたい」と願い、情報を寄せてほしいと呼び掛けている。

 情報の連絡先は同地域包括支援センターコーディネーターの新垣千里さん、電話098(987)8025。