社説

社説[第32軍壕保存・公開]沖縄戦の実相を後世へ

2020年6月28日 08:20

 首里城の地下に掘られた旧日本軍第32軍司令部壕は沖縄戦を語る上で「要」となる戦争遺跡だ。首里城再建の機会に、公開実現へ向けた議論を進めてもらいたい。

 玉城デニー知事は、那覇市の要請に応え、32軍司令部壕の保存・公開へ、本年度中に専門家らによる新たな検討委員会を発足する考えを示した。壕の保存・公開や平和発信の在り方を、市と共に検討するという。

 32軍司令部壕では、牛島満司令官らが、本土防衛の時間稼ぎのための「捨て石作戦」を展開した。南部撤退を決めたことで、多くの住民が巻き添えになった。

 沖縄戦の実相を伝える重要な戦争遺跡として保存・公開が長く叫ばれてきたが、主に安全面の理由で、今日まで実現していない。

 1960年代、那覇市などが2度、調査や復元工事を実施。落盤が発生して、復元を断念した経緯がある。

 90年代には大田昌秀県政が「平和の礎」「県平和祈念資料館」とともに政策の3本柱に据え、試掘調査を実施。保存・公開検討委員会が、壕に沿って「公開坑道」を造り、展示場にする案を発表したが、県政交代で実現されなかった。

 昨年の首里城火災を機に再び、保存・公開を求める世論が高まっている。

 那覇市議会は26日、「沖縄戦の『生き証人』といえる存在」だとして、首里城の再建と併せて、32軍司令部壕の保存・公開を県や国に求める意見書を全会一致で可決した。

 与野党を超えた全会一致の決議の意味は大きい。

■    ■

 32軍司令部壕は総延長およそ1キロ。最も深い所は地下30メートルになる。

 入り口は全部で五つあるが、現在、開いているのは首里金城町の第5坑口だけだ。

 軍が撤退する時に爆破し、内部は崩落している。酸素濃度の問題もある。

 安全面の問題をどうクリアするかが最大の課題になる。 専門家の間では、全面公開は困難だという見方が大勢を占める。だが、技術が進んだ今、何らかの方法で公開できる道は探せるはずだ。

 「語り部」としての32軍司令部壕の役割は大きい。実現へ、さまざまな知恵を結集したい。

 整備にかかる費用をどう捻出するかも課題になるだろう。

 県民のコンセンサスも重要だ。県議会や市町村議会の決議が後押しとなる。

■    ■

 南風原町が戦争遺跡として全国で初めて文化財指定した「沖縄陸軍病院南風原壕群」の20号壕は保存・公開され、中に入ることができる。

 狭さ、暗さ、暑さ、湿っぽさが五感で感じられ、沖縄戦がリアルに迫る。「場」が持つ力は想像以上に大きい。

 本紙と朝日新聞が実施した戦後75年のアンケートで約6割が「沖縄戦の体験が次世代に伝わっていない」と答えた。

 体験者がいなくなる時が遠くない将来やって来る。県には、復帰50年のプロジェクトとして、首里城再建と32軍司令部壕の一体的整備に取り組んでほしい。

 
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