1日、沖縄の建設業大手「東恩納組」の3代目社長に東恩納惟(ゆい)氏(28)が就任した。東恩納氏は東京大学大学院卒。東京で1年間、全国の大手樹脂加工メーカーで働いた後に東恩納組に“転職”し、わずか1年で社長ポストまで駆け上がった異色の経歴の持ち主だ。東恩納氏が描くビジョンは会社を成長させることで沖縄全体をボトムアップしていくこと。背景には「もっと沖縄を良くしたい」という願いがあった。(政経部・又吉朝香)

社長就任の抱負を語る東恩納惟氏=2日、那覇市久茂地・沖縄タイムス社

■大学院1年のとき 「社長になるんだ」と実感

 東恩納氏は1992年生まれの那覇市出身。父は東恩納組の会長・厚氏(64)だ。昭和薬科大学附属高校を卒業した後、1年間の浪人生活を経て東京大学に進学した。大学や大学院では化学を専攻。建設とは無縁の学生生活を送りながら薬品の研究に没頭した。

 東恩納氏は厚氏の次男。

 当初、父は兄に会社を任せたいと考えていたが、兄は子どもの頃からの夢をかなえ、全国の大手おもちゃ製作メーカーで働き出していた。

 兄が会社を継がないとなると、やっぱり自分か。

 父からのラブコールを受けながら、「いつか会社を継ぐんだろうな」と思っていた大学院1年生の頃、出張で東京を訪れていた父の部下たちとよく飲みに行くようになったという。交流を深める中で、次第に父の会社のことや沖縄のこと、父の元で働く人たちのことを考えるようになった。

 東恩納氏は東京に進学したことも沖縄のことを考える一つのきっかけになったという。
 「一度沖縄から離れたことで、沖縄の人たちのあたたかさに気づけました。だからこそ故郷に恩返しがしたくなりました」

■父から経営学んだ一年

 昨年の7月に東恩納組に“転職”。この一年は社長になる前の助走期間として、経営者としての心構えを、そしてかつての赤字経営から会社を建て直した父がどんな決断を下すのかを近くで学び続けた。

 父の偉大さを実感したのは昨年10月に発生した首里城火災のとき。父はどこの県内企業よりもいち早く寄付に動いた。

 「何か起こったときはすぐ動けるように、自分もそんな人になりたい」

■「現状維持は後退するばかりだ」 沖縄のフロントランナーに

 「現状維持は後退するばかりだ」

 28歳社長の座右の銘はウォルト・ディズニーの言葉だという。

 この1年、働きながら実感したのは県内外の他企業と比べても自社の技術導入が遅れていることだ。

 「ICT(情報通信技術)やBIM(設計図面を3D化する技術)を積極的に取り入れて、労働環境や労働生産力を高めたい」と建設業を取り巻く環境の改善に意欲をみせる。

 また、沖縄だけにとどまらず、県外や海外への進出にも可能性を見いだしている。

 父からは「海外にも目を向けていろんな業界の人と出会い、アイデアを取り入れてほしい」と助言を受けた。

■「タイタニック」好きの28歳

 社長といえど、28歳。ビール好きだが、近頃は「ちょっとお腹まわりが気になり始めて・・・」とウイスキーや泡盛を楽しむようになったという。

 最近は社長同士の付き合いを見据え、ゴルフも習い始めた。

 好きな映画は「タイタニック」。「あの豪華客船の雰囲気が好きで。悲しいシーンは見たくないのでいつも前半の2時間しか見ません」

■ベテラン社員をどうまとめるか

 今後、自分よりも年齢も社歴も上の人たちをまとめあげないといけない。

 軋轢はないのだろうか。

 疑問に思い、尋ねると「社員は協力的。先輩方も『社長頑張ってね。ついていくよ』と温かい言葉をかけてくれた」とにこやかに語ってくれた。

 「現場は自分よりも年上の方々がメイン。コミュニケーションを積極的にとって、謙虚に頑張っていきたい」

 強いまなざしから決意と覚悟が感じられた。

(記事編集、デジタル部・比嘉桃乃)