ある老夫婦と私の3人でお茶をした際、ご夫婦が、全く違う話を、同時に延々と私に向けて力説してくださったことがあった。うなずくのに精いっぱいで、内容は一切入ってこず、ただただお2人の様子を面白い光景として記憶している。その場にいる3人が3人とも、誰の話も聞かず、自分だけを感じている瞬間。これぞ人間の真の姿だ。

「お名前はアドルフ?」

 「お名前はアドルフ?」を見ていて、あの光景を思い出した。生まれてくる子供の名前を、悪名高きヒトラーと同じ「アドルフ」にする。その最もらしい理由を述べることで、反対する家族を論破しようともくろむ男。

 命名を口実に激論を交わす家族けんかは、結局自分がしゃべりたいだけ。人は皆、自分の話を聞いてほしくて、人の話は聞きたくないんだ。とはいえ、飽きることなく聞いていられる会話劇は、ユーモラスで知的で◎。(桜坂劇場・下地久美子)

 ◇同劇場で7月11日から