難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者から依頼を受け、薬剤を投与し殺害した嘱託殺人容疑で、京都府警は、いずれも医師で仙台市の男(42)と東京都の男(43)を逮捕、送検した。両容疑者は女性の主治医ではなく、会員制交流サイト(SNS)を通じ依頼を受け、金銭の授受もあったという。

 回復が見込めない目の前の患者を「苦痛から解放する」として主治医や家族らが積極的に患者を死に導いた、これまでの安楽死事例と比べても異質さが目立つ事件だ。

 事件は昨年11月、京都市内の女性の自宅マンションで起きた。2容疑者は女性の招きで部屋に入り、薬剤を投与した後、5~10分間で部屋を出たとされる。別室から戻ったヘルパーが意識不明の女性を発見、女性は搬送先の病院で死亡した。

 医師による安楽死を巡っては横浜地裁が1995年、患者の死期が迫り、苦痛の緩和に他の手段がないなどの4要件を満たす場合は例外的に許容されるとの判断を示した。だが2容疑者と女性は事件時が初対面とみられている。診察を重ねずそうした判断ができるはずがない。

 厚生労働省の2018年のガイドラインは、終末期を迎えた患者への医療行為差し控えや中止を認めるが、その場合も多職種による医療チームが十分な情報提供を行い、本人の意思を繰り返し確認することなどが必要だ。19年1月ごろからという女性とのSNS上のやりとりで医師として女性の意思決定に適切に関与できていたかも疑問だ。

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 仙台の容疑者は、自身のものとみられるブログに、難病で生きるのが苦痛と考える患者には「一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」と自らの死生観を記している。女性とのSNSのやりとりでは「訴追されないなら、お手伝いしたい」と持ち掛けていた。

 難病患者の状態や、生と死の間で揺れ動く気持ちをくみとろうとする意思は、その文面からは読み取れない。

 自身もALS患者である舩後靖彦参院議員の「こうした考え方が難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ」るとの危惧は至極当然だ。病気や障がいを理由にした安楽死を安易に肯定することは、「人為的に失わせていい命」の存在を、さらには「津久井やまゆり園」事件で19人を殺害した植松聖死刑囚のような「障がい者は殺してもいい」という発想を生み出しかねない。

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 厚労省のガイドラインが繰り返しの意思確認を求めるのは、本人の思いが変化しうるからだ。女性はブログで、自由に体が動かせなくなった自身を「惨めだ」と表現するなど、ALSを患い生きる苦しさを書き込みつつ、新たな治療法や薬に希望を抱くような投稿もしていた。

 死を望む以外女性に選択肢はなかったのか。仮に容疑者らが自らの死生観そのままに女性を「安楽死」に導いていたとしたら、事態は深刻だ。警察による動機などの全容解明と同時に、難病患者支援のあり方を検討する必要がある。