沖縄の米軍が嘉手納基地内で実施している第353特殊作戦群の駐機場エリア拡張工事に伴う文化財調査で、戦前の屋敷跡や貝塚時代後期とみられる土器の破片などが見つかったことが、24日までに分かった。嘉手納町教育委員会町史文化財係の宮里知恵さんは「町は大部分が基地で接収された。戦後すぐに町民が住む場所は土地開発が進み、戦前の集落跡はあまり残っていない。とても貴重だ」と話した。

戦前のものと見られる遺構。手前が水溜めで奥がフール=2018年10月25日撮影、米軍嘉手納基地内(嘉手納町教育委員会提供)

嘉手納基地の駐機場エリア拡張予定区域

戦前のものと見られる遺構。手前が水溜めで奥がフール=2018年10月25日撮影、米軍嘉手納基地内(嘉手納町教育委員会提供) 嘉手納基地の駐機場エリア拡張予定区域

 米軍は拡張工事に伴い、2013年に埋蔵文化財の有無の確認のため試掘調査を実施。その後、一帯は「兼久中原遺跡」(15万2300平方メートル)として16年、町が県に埋蔵文化財の発見届けを提出した。米軍が17~19年度に実施した文化財調査で、屋敷跡などが見つかった。

 発見場所は字兼久。フール(豚小屋を兼ねたトイレ)や水溜め、石組みの内側にモルタルのような素材が塗られた肥溜(こえだ)めとみられる方形遺構などの戦前の屋敷跡と、貝塚時代後期(弥生~平安時代)頃の土器の破片、10個ほどの厨子(ずし)がめ(骨つぼ)が見つかった。町教委は屋敷跡は写真や図面を記録保存し、土器の破片や厨子がめは今後、引き取って資料室で展示する考えだ。

 嘉手納基地第18航空団は本紙取材に「文化財調査で発見された歴史的遺物に対応するため、建物の設置面積を調整している。文化財は沖縄の歴史を語る上で重要なものであり、大切に扱っていきたいと考えている」とした。