広島はきょう6日、長崎は9日、原爆投下から75年の「原爆の日」を迎える。米国が投下した2発の原子爆弾は1945年末までに約20万人の命を奪い、原爆症の影響は今も続く。核の恐ろしさと平和の尊さを再確認する日である。

 被爆者の平均年齢は83歳を超えた。戦後75年がたち、戦争の悲惨さを自らの体験として語れる人が少なくなっているのは、沖縄戦も一緒だ。さらに今年は、新型コロナウイルスの影響で平和を語り継ぐこと自体が困難な状況にある。

 共同通信が、全国の被爆者を対象にした調査で、被爆体験の継承活動をしていなかったり、減らしている人が、8割近くに上った。高齢化による体力減退や被爆時の記憶がないことなどから、活動に困難さやためらいを感じている人が多い。

 被爆体験の継承については「進んでいる」と「進んでいない」がそれぞれ4割と回答が二分された。今が重要な分岐点ということではないか。

 さらに広がるウイルスに、今後も核兵器廃絶運動や体験継承を「妨げられる」とした人は6割を超えた。 

 「原爆の子の像」の前で、毎年開かれる小中学生の平和学習が中止になるなど、各地で追悼式が取りやめや縮小に追い込まれている。原爆の悲惨さを五感で追体験する場が奪われているのだ。

 広島、長崎で開かれる式典も、規模が大幅に縮小される。しかし、たとえ縮小されても、核なき世界を被爆地から発信する意義の重さに変わりはない。

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 記憶と思いをどう受け継いでいくのか。

 被爆地では、次世代への継承のため平和教育に力を入れてきた。広島市は小学校から高校まで12年間のプログラムで、成長段階に応じた学びを取り入れている。長崎市では小中学生が、被爆者から証言を聞くだけでなく対話する授業も重視する。

 若者への調査では、被爆者がいない世になっても継承は可能、と前向きに考える人が6割近くに上った。ひたむきに惨禍を受け継ごうとする姿勢に心強さを感じた。

 広島平和記念資料館は昨年4月、大規模に改修された。来館者の感性に訴えることを目指し、遺品や手記といった実物資料を重視。常設として初めて遺影も展示し、生身の人間が生きてきた証しを浮かび上がらせた。被爆者の痛みを自分ごととして感じてもらえるよう工夫した展示は、ひめゆり平和祈念資料館など県内の施設を参考にしたという。

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 3年前、国連で採択された核兵器禁止条約は核兵器を非合法化した初めての国際条約だが、唯一の戦争被爆国である日本は核保有国が反対している条約は現実的でないとし、署名を拒み続けている。

 松井一実広島市長はきょうの平和記念式典で、現在も発効していない同条約について、日本政府に「締約国」となるよう求めるという。

 安倍晋三首相はどう応えるのか。米ソをはじめ核保有国の開発競争が進む中、唯一の戦争被爆国として、核の非人道性を世界に発信し、訴える責務がある。