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[沖縄 米軍コロナ禍]「沖縄はパラダイス」米兵、薄い危機感

2020年8月9日 08:42

 【平安名純代・米国特約記者】「米国より安全。そして自由。沖縄はパラダイスだと思った」。米カリフォルニア州からやって来た米兵たちは、初めて目にした沖縄の印象をそう語った。

基地の外を連れ立って歩く米軍関係者=7月9日、沖縄市

◆チャーター便で入国

 6月中旬。軍のチャーター便で沖縄県の嘉手納空軍基地から入国し、基地内の施設で14日間の隔離期間を過ごした彼らは、米国出国時も日本入国時も新型コロナウイルスの検査は受けていない。

 「14日間を室内で過ごせばクリア(問題なし)と言われた」。隔離措置を終え、初めての沖縄での週末。普天間飛行場の同じ部隊に所属する20代の仲間たちとタクシーで北谷の街へ繰り出した。4人のうち、マスク持参者はゼロだ。「店で買ったビールを飲みながらビーチを歩き、レストランへ行った。街には人があふれていた。基地外に出るのが悪いという意識? なかったよ。だって外出は許可されていたんだから」

 彼らのそうした危機意識の薄さには、カリフォルニア州と在沖米軍の警戒態勢の差異が反映されている。

 当時(6月17日~7月10日)、在日米海兵隊のコロナ対策の警戒レベルは「B」。基地外での食事やビーチでの海水浴なども許されていた。

 一方で、カリフォルニア州は、3月19日に外出禁止令を発令。5月10日に一時緩和したが、同下旬の連休後に感染が拡大したため、7月1日に再び州内のレストランの店内飲食を禁止。同4日の米国独立記念日の前後に人々が外出するのを懸念し、バーなどの営業も停止し、ビーチも閉鎖した。

「グアムでは、5月下旬の連休に、米兵らが数百人規模のビーチパーティーを開き、問題になっていた。沖縄でも基地外への外出を許可すれば、同じ状況になるのを軍は分かっていたはずだ」。沖縄に来たばかりの米兵らは、口々に軍の見通しの甘さを指摘した。

◆流行地域から沖縄異動

「米軍は米国からの転居者に検査を義務付けるべきだった。僕らも迷惑だ」。キャンプ・ハンセン所属の20代の米兵は、米軍普天間飛行場とキャンプ・ハンセンでクラスター(感染者集団)が発生した状況への怒りをそう語る。米軍の危機意識の低さ、見通しの甘さに憤る。

 米国は、新型コロナウイルスの感染者数が世界最多。その中でも、在沖米軍への転居者の多くは、感染率が高いカリフォルニア州からやってくる。

 米海兵隊で初めて感染者が確認されたのは3月12日。2人は、カリフォルニア州のミラマー海兵隊航空基地とペンデルトン基地所属で、他州への出張中に感染したとみられている。

 全海兵隊の感染者数は、53人(4月1日)から3257人(8月1日)へ増加。米国防総省は基地ごとの感染状況を開示しないが、大半が両基地に集中しているとみられている。68日間にわたり、コロナ感染を抑え込んできた沖縄に、米本土からウイルスが持ち込まれたことは間違いない。

 エスパー米国防長官は6月8日、米国の39州と日本を含む海外5カ国を「グリーン・ロケーション」に指定し、米軍の旅行規制を解除した。国防長官がともした「青信号」で、感染が収束していないカリフォルニアなどから沖縄など各地への異動が始まった。

 在沖米軍内の感染拡大を受け、在日米軍は7月24日から、日本に入国する米軍関係者全員にPCR検査を開始したと発表した。

 転居者の検疫が強化された一方で、「任務に伴う部隊の移動には不安が残る」と話す米兵もいる。

 キャンプ・コートニー所属の30代の米兵は「第3医療即応大隊が6月2日にグアムでの任務から帰還した時、不安だった」と打ち明ける。

 同部隊は、3月末に艦船内で1150人以上が感染した米原子力空母セオドア・ルーズベルトの支援任務に就いていた。

 帰還者は14日間の隔離措置をしていたが、米兵は「終了後に微熱があった米兵が体調の変化を報告しなかった」と指摘。追跡調査の精度に疑問を呈した。


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