きょう8月15日は終戦の日。先の大戦で犠牲となった約310万人の戦没者を悼む日だ。悲惨な戦争に突き進んだ過去を反省し、平和の尊さをかみしめ、不戦の誓いを新たにする日でもある。

 そんな大切な日に、新型コロナウイルスが影を落とす。

 都内できょう開かれる全国戦没者追悼式は規模が縮小され、沖縄を含む20府県の遺族代表が欠席する予定だという。戦争体験者が自らの体験を若い世代に語るイベントの多くも中止となった。

 一方でこの夏、インターネットを利用して戦争体験の証言を聞く取り組みが相次いで企画され、注目を集めた。

 もちろん対面形式が望ましいが、ネットを使えば高齢で外出が困難になった体験者の話を、遠隔地にいながら聞くことができる。記憶の風化を防ぐためにも、工夫しながら続ける意義がある。

 日本世論調査会が実施した戦後75年全国世論調査で、日本が戦後、戦争をしなかった理由を尋ねる問いに対し、最も多かった答えは「憲法9条があったから」。次いで多かったのは「戦争体験者や被爆者が悲惨さを訴えてきたから」だった。

 戦争を知る世代は年々少なくなり、今や9割近くが戦後生まれだ。若い世代が証言を聞く機会は限られる。

 その中で、振り返るだけで苦しくなるほど過酷な体験を「伝えなければ」と使命感をもって語る体験者たちがいる。思いをしっかり受け止めたい。

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 戦争の記憶を伝えるのは「人」だけではない。「物言わぬ証人」である戦争遺構の重要性も増している。だが、老朽化などが壁となり保存や利活用は進んでいない。

 県内では、沖縄戦を指揮するため首里城地下に造られた旧日本軍第32軍司令部壕の保存や公開を求める声が高まっている。

 本土防衛の時間稼ぎのための「捨て石作戦」が展開された司令部の壕は、沖縄戦の実相を伝える負の遺産だ。銃身や軍靴などが内部に残るが、文化財と位置付けた調査は一度も行われていない。

 広島でも、最大級の被爆建物とされる赤れんが倉庫群「旧陸軍被服支廠(ししょう)」が存廃の議論に揺れる。一部を解体する案は市民らの反対でいったん見送られたが、保存には多額の費用がかかるという。

 生々しい痕跡が残る遺構には当時の空気感が宿り、悲惨さを五感に訴えてくる。歴史的な価値を広く共有し、保存の道を探ることが大事だ。

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 日本の終戦の日は、朝鮮の人々にとっては日本の植民地支配からの解放を記念する日だということも心に留めたい。アジアの国々への加害からも目を背けず、たどってきた歴史に正面から向き合うことが今こそ求められる。

 終戦の日を前に「民間戦争被害の補償を実現する県民の会」などが会見し、救済法の早期成立を求めた。空襲や沖縄戦で障がいを負った民間人への補償問題は、いまだ解決されていない。「命がある間に苦しみに見合った謝罪と補償を」と訴える被害者の声に国は向き合ってほしい。