小さな違いのように見えるが、その意味は決して小さくない。

 新型コロナウイルスの影響で規模が大幅に縮小された15日の政府主催の全国戦没者追悼式。

 戦後生まれの天皇陛下はお言葉で「過去を顧み、深い反省の上に立って…」と述べ、反省の文言を盛り込んだ。  安倍晋三首相は、これまで使ってきた「歴史と謙虚に向き合い」「歴史の教訓を胸に刻み」などという歴史と向き合う趣旨の表現を今回は使わなかった。反省にも触れていない。

 歴史を記憶することは、一面では何かを忘却することでもある。何が忘れられようとしているのか。

 かつての日本の戦争映画は、戦争の実相を描くことで旧軍のさまざまな問題を浮き彫りにする作品が多かった。現代の戦争映画にそのような描写はほとんどない。

 過去に向き合い、過去から学ぶことは、決して後ろ向きの姿勢ではなく、よりよい未来を築くための、大きな過ちから学ぶ前向きの態度である。

 陛下と首相の追悼式の言葉の「小さな違い」が無視できないのはそのためだ。

 米国の著名な歴史学者ジョン・ダワー氏が指摘するように、「戦争は半永久的に社会を変え、制度を変える。戦争は生き残った者たちの意識を深く、長く変える」(「敗北を抱きしめて」)。

 終戦75年。日本社会も世界もすさまじい勢いで変化している。歴史に向き合うことの重要性は増すばかりだ。

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 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う人々の不安を背景に、いまわしい響きの言葉が、テレビや新聞で使われるようになった。

 「自粛警察」。行政の自粛要請に応じない飲食店や個人、感染者を出した企業や学校などに対する私的な嫌がらせや攻撃のことを「自粛警察」と呼ぶのだそうだ。

 戦争中の国民精神総動員の下での相互監視を連想させるような事例が、全国で相次いでいる。

 人権が尊重され、価値観が大きく変わったにもかかわらず、社会全体に不安が広がると、同調圧力が強まり、戦争中のようなことが繰り返される。

 国内事情だけでなく、世界全体が不安定で流動化してきた。米中関係は悪化の一途をたどり、日韓、日中関係も改善の兆しが見られない。

 香港を巡る中国の強硬姿勢は日本人の対中感情を著しく悪化させた。

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 歴史家の色川大吉氏がかつて、「いらだちのナショナリズム」という言葉を使っていたのを思い出す。

 中国に対する日本人の反発や不安感情を色川氏はそう呼んだ。

 ネット上には、世界的な規模で、うその情報や個人に対する誹謗(ひぼう)中傷がまん延するようになった。これまでになかった政治・社会現象が起きている。

 平和教育を含め、さまざまな日常的実践を通して「平和の文化」を根付かせ、不安や不信を信頼と希望に転換させていく必要がある。