1944年8月22日に米潜水艦の魚雷に沈められた疎開船「対馬丸」で妻子5人を失った佐敷村(現南城市)出身の故渡名喜元秀さん=享年(78)=の日記が、今年3月に刊行された「南城市の沖縄戦 資料編」に掲載されている。当時の県職員で、国策に従い積極的に疎開させたことを〈一生涯ノ誤ヲ起ス〉と記載。