沖縄戦中、座間味村で起きた「集団自決(強制集団死)」を生き延びた宮城恒彦(みやぎ・つねひこ)さんが21日午前2時10分、肺炎のため亡くなった。86歳。家族によると2週間ほど前から体調を崩し、入院していた。葬儀は22日、豊見城市の自宅で近親者のみで執り行われた。併せて初七日も繰り上げ法要で行った。

戦争体験を語る宮城恒彦さん=3月17日、豊見城市

 座間味村座間味出身。1945年3月当時11歳だった宮城さんは、家族で隠れていた壕で「集団自決」の現場に居合わせた。壕の中で爆発した手りゅう弾により、当時19歳の姉ハルさんを失った。

 戦後は小学校の校長を務めた。ハルさんを壕に残したことを悔やんでいたという母ウタさんが亡くなったのをきっかけに、88年から戦争体験者への聞き取りを始め、自費で証言集28冊を発行した。

 告別式は、三七日(みなんか)の9月10日、もしくは五七日(いちなんか)の9月24日に開かれる予定。喪主は妻の美代子(みよこ)さん。