社説

社説[安倍首相 辞意表明] 後継者は県との対話を

2020年8月29日 08:10

 突然の幕引きだった。健康問題が理由とはいえ、まさか任期途中に、2度も。

 安倍晋三首相はきのう夕方、官邸で記者会見に臨み、持病の潰瘍性大腸炎の再発が確認されたとし、辞任の意向を表明した。これ以上重責を担い続けるのは困難と判断したという。

 テレビ越しにも、疲れがたまり目に力がない印象を受けた。 

 経済再生や外交面で存在感を発揮したと評価する声もあるが、第2次政権の約7年8カ月を振り返り首相自身が「痛恨の極み」と語ったように、北朝鮮による日本人拉致問題やロシアとの平和条約締結、憲法改正はいずれも成果を挙げることはできなかった。

 拉致問題は解決の糸口さえ見いだせず、北方領土返還交渉も手詰まり感が漂っている。

 首相が執着する憲法改正は、会見で認めたように「世論が十分に盛り上がらなかった」。「安倍改憲」への疑問と懸念がそれだけ強かったということだ。

 今回の退陣表明は、閣僚の辞任・更迭が続き、内閣支持率が低下、持病が悪化した第1次政権の13年前とよく似ている。2次でも閣僚の不祥事、さらにはコロナ対応を巡る不手際と混乱で支持率は大きく低下していた。

 安倍首相は1次を含めた通算在職日数でも、政権復帰してからの連続在職日数でも憲政史上最長の記録を持つ。

 しかし後世の人々には2度にわたって途中退陣した首相と記憶されるのかもしれない。

■    ■

 通算の在任期間が8年を超えるというのに、安倍首相は任期中、ついに沖縄とまっとうな関係を築くことができなかった。

 米軍普天間飛行場の返還合意を実現した橋本龍太郎元首相や、サミットの沖縄誘致を決断した小渕恵三元首相と比べたとき、その違いが際立つ。

 橋本氏や小渕氏、そして野中広務元官房長官らは県民の戦争体験や戦後の米軍統治下の苦難を理解していた。

 だが、戦後生まれの安倍首相には、沖縄の歴史に向き合う姿勢がほとんど感じられなかった。

 菅義偉官房長官にも言えることだが、何度でも足を運んで話し合いを重ね、接点を見いだす、という「寄り添う姿勢」が感じられない。 

 安倍首相の辞意表明を、県との関係改善、計画見直しの機会にすべきである。

■    ■

 自民党は緊急役員会合で総裁選の時期、形式について二階俊博幹事長に一任した。党員・党友の投票は省略する考えという。狙いは明らかだ。

 党の総裁が首班指名を経て国会で首相に選ばれることを考えれば、もっとオープンな総裁選を開くことが望ましい。

 コロナ対策で明らかになったのは政権と民意のずれだった。総裁選びはその反省に立って、党員・党友にも門戸を開き、安倍後の日本政治について候補者に政策を競い合ってもらいたい。

 そこで新基地建設をどうするかを論じるのである。

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