沖縄市照屋の商店街「銀天街」にあるアーケードの撤去作業が、8日から本格的に始まった。40年以上にわたり地域に親しまれてきた街のシンボルが来年1月までに姿を消す。地域住民からは撤去を寂しがる声が上がる一方で交流拠点ができるなど、地域活性化のための新たな動きも生まれている。(中部報道部・豊島鉄博)

アーケードの本格的な撤去作業が始まった銀天街=8日、沖縄市照屋

アーケードが完成した後、1982年ごろの銀天街(沖縄市銀天街商店街振興組合・「組合史」表紙より)

アーケードの本格的な撤去作業が始まった銀天街=8日、沖縄市照屋 アーケードが完成した後、1982年ごろの銀天街(沖縄市銀天街商店街振興組合・「組合史」表紙より)

 復帰前には「黒人街」として知られた銀天街のある照屋地域。アーケードは1978年に沖縄市銀天街商店街振興組合が国や県の補助金などを使い、総工費約2億3千万円で整備した。通りは市が管理する市道で、組合がアーケードを建設するために道路占用許可を申請。市が通りの管理を組合に任せ、長さ約120メートル、高さ7メートル幅8メートル、耐用年数15年のアーケードが完成した。

 しかし、経営難で会費を支払えない組合員が増加したことなどから2014年に組合が解散。耐用年数を大幅に超え、放置されたアーケードは屋根に多数の穴が開くなど、安全面で危険な状態が続いていた。17年には地元・照屋自治会の眞玉橋朝勇会長(56)らが桑江朝千夫市長を訪ね、市費による撤去を要請。同年、市道路課が事故防止のため落下防止ネットを設置した。

 今年に入り、撤去に関する動きが本格化。市が市費7千万円をかけ、組合に代わって撤去する行政代執行に7月から着手。アーケード内に電線があるため、仮設電柱を設置したり、足場を組み立てたりする作業を続けていた。アーケード撤去後に新しい電柱を設置し、来年1月中旬までに工事を完了させる予定だ。

 眞玉橋会長は「中学生の時にアーケードができて、いつも遊びに行くのは銀天街だっただけに、なくなることに対して寂しさはある」としつつ「いつ屋根が落ちてもおかしくない状態。住民が安心して通れるようになり、安心だ」と評価。「撤去を機に地域が一丸となって盛り上げていきたい」と語った。

 銀天街で「そうざいの店 三幸」を34年営む城間幸隆さん(71)は「30年前は120店舗ほどあったが、今は20~30店舗ぐらい。5分の1まで減った」と語る。それでも「銀天街があるコザ十字路は沖縄本島のほぼ中心。商店街には新しい店も少しずつできている。この機会にうまくPRしていくことも大切だ」と話した。

 市商店街活性化支援事業の一環で、委託事業者として7月から交流拠点「銀天街プラザ」の運営に取り組む石原イカリさん(47)は、地域住民や店舗関係者らと定期的にタウンミーティングを実施。今後は県内のeスポーツの拠点づくりなどに着手し、人材育成にも力を入れる方針だ。石原さんは「銀天街に新しい風を吹き込めるように、地域の皆さんと共にビジョンをつくっていきたい」と力を込めた。