読谷村座喜味の喜友名昇さん(80)、ヨシ子さん(76)夫婦が建てた家族墓が地域で話題を呼んでいる。これまでの墓のイメージを変える「家」のような外観で、両開きの扉を開けると亡くなった両親やきょうだいの氏名、享年を書いた板や写真が飾られ、中でゆっくりと過ごせるように机と椅子も設置した。昇さんは「これまでの暗いイメージを変え、安らぎのある墓にしたいと考えた」と話している。(中部報道部・大城志織)

「いつでも安らぎを持てる明るい墓にしたかった」と思いを語る喜友名昇さん(右)、ヨシ子さん夫婦=4日、読谷村座喜味

両開きの扉を開けた墓の中には、亡くなった両親やきょうだいの氏名、享年を書いた板や写真が飾られている=4日、読谷村座喜味

「いつでも安らぎを持てる明るい墓にしたかった」と思いを語る喜友名昇さん(右)、ヨシ子さん夫婦=4日、読谷村座喜味 両開きの扉を開けた墓の中には、亡くなった両親やきょうだいの氏名、享年を書いた板や写真が飾られている=4日、読谷村座喜味

 老舗葬儀会社「カデナ花輪」の会長を務める昇さん。墓の内部は暗く、虫も多いことから「戦後、厳しい中で育ててくれた大切な両親をこんな暗い所に入れておくわけにはいかない。自分自身も入るなら、明るい墓がいい」と考えてきた。墓の概念を変えたいと長年の構想を経て2016年に現在の墓を完成させた。

 墓の名前は「やすらぎの苑」で、建物面積は約30平方メートル。墓内部には「家族の絆を大切にしてほしい」と「絆」の文字が飾られている。墓の入り口上部には「戦争をくぐり抜けた私たちだからこそ、二度と戦争を起こしてはいけない」と平和の願いを込めてハトの像を設置。周囲には昇さんの母カマさんがよく話していた「いちみる孝行(生きているうちに親孝行しなさい)」などの言葉を刻んだ碑も置いた。完成後に地域で話題となり、地域内外から見学に来る人も多いという。

 墓にはシーミーの時期に親戚が集まるほか、夫婦で月に2、3回ほど掃除のために訪れている。県外の大学に進学した孫も帰省する時に墓に立ち寄り、手を合わせているという。

 昇さんは「子や孫は(故人に)『会いに行く』との思いで墓に立ち寄っている。ぜひ明るい墓を引き継いでほしい」とほほ笑んだ。