[てい子トゥーシーのユンタクハンタク](79) 1947年の夏、弟たちと私は母に連れられて辺野古へ行った。そこには母の姉の大家族が住んでいた。 叔母の家の前は広い白浜があり海産物の豊富な浅瀬の海だった。現在は新基地建設現場に隣接する漁協ビルや船つき場の辺りになっている。