那覇市の宮里光子さん(84)と米城惠子さん(84)が27日、沖縄県立泊高校通信課程の卒業式に臨んだ。孫のような年齢の同級生らと共に勉強に励んできた2人は、念願の卒業証書を受け取り「夢のよう」と笑顔をはじけさせた。

泊高校で一緒に学んだ級友たちに囲まれる米城惠子さん(前列左)と、宮里光子さん(同中央)=27日、那覇市の県立泊高校

 宮里さんと米城さんは1936年生まれ。2人とも幼少時に戦争を体験、戦後は物資や食料が不足する中で苦労を重ねてきた。高校へは家庭の事情で行けず、結婚後は子育てや家事に忙殺されたという。

 しかし年齢を経て、時間に余裕ができたこともあり「一度きりの人生。もう一度、勉強したい」と奮起。81歳の時に泊高を受験し、見事合格。同校での学び直しに挑んだ。

 年齢やそれぞれ事情の違う仲間たちとの学校生活は、初めての経験の連続だった。勉強についていけず、戸惑ったり落ち込んだりしたこともあったが、必死で克服。生まれて初めてパソコンにも挑戦した。

 宮里さんは昨年、県高校定通制生徒の生活体験発表大会に出場。エントリーした8校10人の最高齢として堂々と発表し、会場から大きな拍手を受けたのがいい思い出だという。

 一時は体調を崩して2カ月ほど入院し、復学を諦めかけたが「家族や教員、同級生たちの応援を励みに乗り越えられた。みんなのおかげで復学できた」と語り「今日の日を迎えられた。夢のよう」と晴れやかな表情を見せた。

 米城さんも毎日欠かさず登校して勉学に励み、皆勤賞と校長賞を受賞。子や孫たちに祝福され、満面の笑みを浮かべた。

 人生の先輩でもある2人と一緒に学び、共に卒業を迎えた同級生らは「あめ玉を配ったりしてくれて、楽しい級友だった」と楽しそうに振り返り「同級生だけど、お母さんかおばあちゃんのような存在。2人の活躍は、高齢者にも若者にも励みになると思う」と頼もしげだ。

 無事に卒業の日を迎えられて「物事に意欲的になった」という宮里さんと米城さん。新たな人生の第一歩に胸を膨らませていた。

(与古田徳造通信員)