宮古島市平良荷川取のサトウキビ畑で、小型トラクターに取り付けた機械を操作して、次々と苗を植え付ける恩河旨會(おんがわしかい)さん(92)=市平良荷川取。60歳で本格的に農業を始めて30年余り。いまだ現役で農家を続けており、その運転技術にますます磨きを掛けている。10年ほど前から作業を手伝う40代男性は、「90代でこれほど運転できる人はめったに見掛けない。作業も楽で助かっている」と絶賛している。

恩河旨會さん

畝幅ぴったりに苗を植え付ける運転技術は他の農家も舌を巻く=9月18日、宮古島市平良荷川取

恩河旨會さん 畝幅ぴったりに苗を植え付ける運転技術は他の農家も舌を巻く=9月18日、宮古島市平良荷川取

 恩河さんは本土復帰前、20代で中型車の運転免許を取得した。琉球政府(当時)から海砂の採取許可を得て、島内に8カ所あるセメントブロック工場のうち、5カ所へ海砂を搬入していたという。

 60歳まで運送業をなりわいとし、妻の美代さんと6人の子どもたちを育て上げた。その後、本格的に農業を始め、美代さんと一緒にサトウキビやトウガン、大根などの野菜作りに精を出した。

 12年前に美代さんが病で他界した後は、サトウキビに専念し、知人の支援を受けながら栽培を続けている。毎年10トントラック20~30台分を収穫しているという。

 恩河さんは20代の頃、青年会活動のほか、北学区の代表として、宮古中の選手が集まる郡のスポーツ大会に出場するなど活躍した。1万メートルや5000メートル、1500メートルの選手としても有名だったという。

 恩河さんは4人兄弟の次男で長寿の家系といい、食事は宮古在住の4人の娘が交代で毎日3食を用意する。長女の千枝子さんによると、偏食はなく、黒砂糖やあんパンなど甘い物もよく食べる。恩河さんは「豚肉と魚、それに野菜はゴーラ(ニガウリ)とホウレンソウ、ブロッコリーと大根」が好物だと話す。

 今では孫22人とひ孫25人に恵まれた恩河さん。今でも伸び伸びと畑仕事ができる秘訣(ひけつ)について「野菜をたくさん食べることと酒は飲まず、たばこも吸わないことかね」と笑顔で話した。