民主主義が危機に瀕(ひん)している。そういう空気に覆われた選挙戦である。

 米大統領選は、投開票まで1カ月を切った。

 初の候補者直接対決となったトランプ大統領とバイデン前副大統領のテレビ討論は前代未聞の中傷合戦となった。

 劣勢挽回を焦るトランプ氏は個人攻撃を激化させ、バイデン氏もこれに応戦、お互いに相手の発言を遮り、プロレスの場外乱闘を思わせるような激しい言葉が飛び交った。討論の最低限のルールさえ守られなかったのである。

 新型コロナウイルス感染症対策が大きな焦点となる中、トランプ氏の感染、入院が明らかになった。今後の選挙日程への影響も指摘される。

 大統領周辺で複数の感染者が出たことは、マスク着用など防止策を軽視してきた振る舞いと無縁ではないだろう。米国の死者数は累計で20万人を超え世界最多である。

 ぶれ幅の大きいトランプ氏のコロナ対策は危うい。

 選挙戦最大の懸念材料は民主主義の基本である選挙の信頼をおとしめるようなトランプ氏の言動だ。

 選挙戦を通して米国内の分断と対立は深まっている。トランプ氏が接戦で敗れた場合、果たして結果を素直に受け入れるかどうか。

 自身に不利な郵便投票を「不正の温床」と決めつけており、郵便投票の開票結果を待たずに勝利宣言したり、不正があったと主張し訴訟を起こす可能性も高い。

 公正な選挙に疑義が生じる事態になれば、新大統領の正統性にも疑問符がつき、民主主義は根底から揺らぐ。

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 「トランプが分断と対立をつくったのではない。分断と対立がトランプを生んだのだ」

 16年の大統領選後に多くの識者がそのような分析をしてみせたが、問題にすべきはその先のことだ。

 トランプ政権で国防長官を務めたマティス氏は、人種差別反対の過激な抗議行動を鎮圧するため軍部隊を出動させることを示唆した大統領に怒りをあらわにし、「国民を結束させる努力をしない大統領」と厳しく批判した。

 「われわれ対彼ら」という対立の構図をつくり出し、連射砲のように言葉を繰り出し、敵をたたく。不都合な事実を「フェイクニュース」と決めつけ、逆に対立をあおる。品位をかなぐり捨てた「あおる政治手法」が、分断と対立を深めているのである。

 科学的な知見や事実が軽視され、まともな政策論争が成立しなくなった。

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 大統領選は今や、「トランプ対バイデン」というよりも、「トランプ対反トランプ」の様相を呈している。

 大統領選に「失敗」すれば、米国の民主主義に対する国際社会の評価は地に落ちる。

 超大国の民主主義の劣化は国際社会の不安定化に拍車をかけることになるだろう。

 地球温暖化対策や核軍縮など世界が協調して取り組むべき課題は増える一方である。 米国はこの分野でこそ指導力を発揮すべきだ。その前提となるのは公正な選挙を通した民主主義の再生である。