逆に、この状況を打開するためには、経営者が勇気を奮って新しい事業に挑戦し、業界の序列を変えることを恐れずに従業員に手厚く報い、従業員は勇気を持って成果を上げる努力をする必要がある。沖縄社会の最大の問題は、この勇気が挫かれてしまっていることだ。

 貧困に関する重大な真実がここにある。つまり表面上、貧困は経済問題であり、所得を増やすことで解決するように見えるのだが、あるいは、援助によってお金を渡すことで解消するように考えられがちなのだが、実はその本質はお金とは無関係なのだ。貧困は富の欠如によるものではない。勇気の欠如によって生じるのだ。

 貧困の本質が勇気の欠如であるにも関わらず、社会に大量のお金が投下されたらどうなるだろう? 沖縄社会では復帰以降44年間、そして特に過去5年間、この問題に直面しているのだ。

■サーカスの子ゾウ

 サーカスの子ゾウは、鎖で杭につながれ毎日を過ごす。子ゾウは鎖でつながれると、初めは命を懸けて逃げようともがくが、そのうち自由になることを諦める。大人になり、杭を抜く力を持っても、じっと動けないまま。自分にはたいした力がない、と思い込まされてしまったからだ。一度諦めたゾウは、その後どんな大きな体に育っても、力を発揮する意志を失うという。

 日本の地方都市の中でも最も潜在力の高い沖縄だが、自分たちに多様な選択肢が存在するはと考えないし、考えることも辛い。やがて自分が生きている貧困世界が、「当たり前」な場所だと思い込むようになり、その世界をできるだけ揺さぶらないよう、現状維持を強く望むようになる。心理的な「痛み止め効果」だ。そのような社会で育った大人たちは、自分の子どもに対して、まったく悪意なく、愛情を持って、「現状維持的」な人生を勧め、若者たちの勇気をくじいてしまう。貧困が世代を超えて連鎖するのはこのためだ。

 貧困は心と繋がっている。同調圧力によって自由を奪われ、本当は出来たはずのたくさんの素晴らしいことが、自分の人生から滑り落ちている、という苦しみが大きいほど、広い世界から目を伏せようとするし、自分たちに世界の現実を突きつける人がいれば、侮辱されたと感じて怒りが湧いてくる。貧困問題は経済の深層に存在する心の問題である。心を再生するということは、神経に突き刺さっている「杭」を抜きに行かなければならないということ。これが沖縄社会再生の難しさなのだ。

■水槽の中の金魚

 沖縄が自分の力で貧困から抜け出し、豊かな社会を取り戻すプロセスの第1段階は、私たちが囚われているものの存在に気がつくということである。

 生まれたときから水槽の中で暮らしている金魚は、水の存在に気がつかない。これと同じように、沖縄社会の「空気」の存在を言葉で説明できるウチナーンチュはほとんど存在しない。生まれたときからこの社会で生きるウチナーンチュにとっては、あまりに当たり前のことだからだ。

 しかしながら、この「空気」が沖縄社会の貧困の原因(の一端)であるならば、まずは、その存在を認識しなければならない。私たちが囚われている沖縄社会の圧力の構造に気づくこと。これが沖縄の貧困を解消するための第一歩である。

 実は、好むと好まざるとに関わらず、ウチナーンチュはもうそこへ一歩踏み込んでいる。「沖縄から貧困がなくならない本当の理由(4)変化」で述べた通り、2010年以降のSNS革命によって、あるいは3・11以降の本土からの移住者の急増によって、ウチナーンチュは沖縄という水槽以外にも多様な社会や価値観が存在するという事実を認識しはじめている。この変化は不可逆的なものだ。(※注2)

■補助金で社会は再生しない

 この第一歩は、不可避的に第二歩目へと繋がっていく。すなわち、私たちが捉われているものに向き合い、それを手放すということだ。現状維持の習慣を手放し、一人一人の個性と多様性を受け入れ、恐れを乗り越えて前に進むためには、多大な勇気が必要になる。

 そんなときは夢を持つことが大きな助けになる。どんなに現状が最悪に見えても、この先どんなに辛い仕事が待っていても、将来にどれだけ不安を感じても、心が震えるようなビジョンが存在すれば、人は試練を乗り越えられるからだ。沖縄の貧困は日本で最悪の状態だが、現状そのものを大幅に改善できなくても、人々が明るく、幸福を感じるようになることは、意外なくらい容易なのだ。状況がすぐには改善しなくても、「この方向に行けば、きっと社会が良くなる」という手応えが伝われば、人の心に火が灯る。その瞬間から県民の生活に活力が生まれ、働くことの意味が明確になり、人は失敗を恐れずに創造的になり、社会の生産性が回復する。その一連の変化が、結果として貧困を縮小させていく。私が、「貧困問題は心の問題だ」と表現したのは、こういう意味だ。

 そして、補助金による「人為的な」経済成長は、このプロセスの正反対なのだ。人は環境の悪さに落胆するのではない、ビジョンが見出せないときに情熱を失う。物質的に裕福であっても、働く意義や生きる目的が感じられなければ、幸福に生きることは難しい。貧困対策に限らず、豊かな社会を実現するためには、お金と政治と行政を総動員して、環境や経済や社会制度やインフラをどれだけ改善しても、それだけではうまくいかないのだ。これが、沖縄に大量の補助金が投下され、数々の税制減免措置や制度的な優遇措置がなされてきたにもかかわらず(あるいは、それだからこそ)、そして、過去5年間空前の好景気に恵まれていても、沖縄の貧困が悪化し続けていることの本質的な理由である。

 沖縄が貧困から抜け出すためには、多くの人の心に届くようなビジョンがどうしても必要なのだ。それは、基地反対でも、基地賛成でも、経済成長でも、待機児童の解消でも、1000万人の観光客でも、まして「沖縄21世紀ビジョン」でもないはずだ。ウチナーンチュは、沖縄社会を前に進めるため、心が震えるようなビジョンを、自らの手で創り上げることができるだろうか?(続く)

(※注1)「沖縄から貧困がなくならない本当の理由(3)低所得の構造」参照。
(※注2)これまでの沖縄社会では、「水槽の中」の議論が大半を占めていた。沖縄社会が認める一定の価値観にそぐわない言論にかかる有形無形の圧力が存在しているし、沖縄社会の緊密な人間関係に配慮する必要から、本当は言うべきことも言えないという事情もある。一方で、県外から沖縄を捉える論点も、沖縄社会の現実をしっかり見つめる視点とは言いきれない。政治的な枠組みの押し付けだったり、基地問題ばかりが過剰に強調されて語られたり、本土的価値観から見た沖縄批判だったり、また沖縄の「痛み」に対して過剰に迎合的な平和論だったりする。

 沖縄社会には、一般に知られている以上に、遥かに多様な価値観が存在する。その事実を明らかにすることは、沖縄の潜在力に光をあてることになる。政治活動的意図や同調圧力やステレオタイプ的価値観から自由な、いわば「水槽の外」の視点で沖縄社会を見つめ直すオキナワ発の新言論が、私のイメージする「オキナワ・ニューメディア」である。主としてSNSで拡散するため、情報の伝達が民主的でオープンだ。沖縄タイムスウェブ版のタイムス×クロスポリタスなどのサイトは、そのような機能を果たし始めている。