推薦名簿も見ずに、どのように「総合的」「俯瞰(ふかん)的」に判断したのか。道理が立たない説明だ。

 日本学術会議の会員候補任命拒否を巡り、菅義偉首相が内閣記者会のインタビューで、推薦段階の名簿を「見ていない」と答えた。

 学術会議が推薦した105人のうち6人を任命しなかったのは当の首相である。にもかかわらず自身が決裁する段階で既に6人は除外されていたと明かしたのだ。

 首相発言が波紋を広げる中、加藤勝信官房長官は12日、「名簿は参考資料として添付されたが、参考資料までは詳しく見ていなかったということだ」と弁明した。

 しかしいずれにしても、記憶に残っていない資料なのだから「見ていない」ことに変わりはない。

 名簿を見ていないのなら、学術会議の推薦に基づいてという規定に反する。手続きの不透明さが改めて浮かび上がった格好だ。

 首相はインタビューで候補者の思想、信条が任命判断に影響することは「ない」とも答えている。だが「総合的、俯瞰的な判断」と繰り返すだけで、安全保障関連法などで政府方針を批判した6人を外した理由は明確にしていない。異論封じではないか、との疑念は膨らむ。

 5年前、政府の有識者会議は学術会議の今後について「政府の政策に科学的な見地から分析を行い、場合によっては批判的なものも含め、科学的なエビデンスに基づく見解を出す」と重要性を指摘する報告書をまとめている。

 説明は矛盾だらけだ。

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 政府がここに来て学術会議を行政改革の対象として検証するとしたのは、明らかに論点のすり替えである。

 首相は、学術会議に年間約10億円の国費が投じられ、会員は特別公務員で、国の機関でもあり、検証するのは当然だと主張する。 

 もちろん行政のスリム化や効率化は必要だ。事務局体制の見直しなど取り組まなければならない課題はある。国民の声や専門家の意見も聞きながら問題点を整理し、話を進めればいい。

 ただ会議の元幹部がいうように、次元の違う話を今持ち出して、セットで議論するのはおかしい。会議自体に問題があると印象付けるような姑息(こそく)なやり方だ。

 まずは、なぜ任命しなかったのか、決定の経緯を分かりやすく丁寧に説明する必要がある。任命拒否と組織のあり方は切り離し議論すべきだ。

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 論点ずらしやミスリードはこれだけではない。

 10億円の予算といっても、会員への手当は総額の7%にも満たない約7千万円。総会などに出席した際、支給される手当は2万円弱である。

 自民党から「活動が見えない」と批判もあったが、答申が出せないのは政府の諮問がないためで、出された提言は今年だけでも60件を超える。

 国民が疑問の声を上げ、野党が追及しても、きちんと説明せず、権力でねじ伏せようとするやり方が安倍政権から継承した菅政権の手法なら、断じてそれを認めない。