迷った考えた現場からの報告

「正解は分からない」コロナ伝える記者の葛藤 偏見と予防…どこまで書くべきか

2020年10月17日 11:28

[迷った 考えた 現場からの報告](2)

米軍関係者に多数の感染者が出たと発表する玉城デニー知事=7月11日午後、県庁

 年明けは「ウイルス」と言えば、豚熱(豚コレラ)だった。沖縄県内の養豚場で33年ぶりに発生が確認されて次々に感染が広がった。多くの豚が「処理」される事態に、取材現場も手いっぱいになった。中国・武漢ではやっているらしい「新しいウイルスの肺炎」は、遠くの出来事だった。根拠なく、「きっと大丈夫」と高をくくっていた。

 今となってみれば、全く大丈夫ではなかった。

 感染は国内で、県内で、瞬く間に広がり、流行を繰り返して人々の暮らしを追い込んだ。遠くに感じていた新型コロナウイルスは、最も身近で最大の取材テーマに変わった。

 PCR検査、感染症指定医療機関、病床利用率…。取材を始めると、耳慣れない専門用語がスコールのように降ってきた。これらをどう理解して、記事にしたらいいのか。途方に暮れた。感染の特徴は何か、どこに焦点を当てて読者に伝えるべきか。同僚やデスクと話し合い、紙面展開を考える日々を繰り返した。

 未知のウイルスによる感染症は、差別や偏見を生みかねない。感染した人や、亡くなった人に関する情報をどこまで書くべきか、迷うこともあった。

 感染人数や経路など、基本的な情報は県が発表する。4月、県内で新型コロナに感染して亡くなった初めてのケース。県は、性別、居住地、職業、発症の経緯など大半の情報を遺族の意向を理由に伏せた。翌日の紙面に、「予防に結びつく情報は出した方がいい」と指摘する記事を書いた。あの時の判断は間違っていなかったとは思う。ただ、家族を亡くしたばかりの遺族はどう感じたか。正解は分からない。

 事実を伝える報道の役割を全うすべきだと感じた事例もあった。

 7月上旬。米軍基地で大規模な感染が起きていた。ところが、米海兵隊は「感染人数を報道機関に公表しない」と表明。情報提供を受けている県も、信頼関係を理由に非公表に転じた。結果として県内では批判が高まり、県は米軍に相談して感染人数を公表した。そこに至るまで、米軍との信頼関係と県民の安全のどちらを優先するか、公表を求めるメディアと、県が鋭く対立した。

 夏の流行のピークを過ぎてから、「コロナこれからどうなるの」と聞かれることが増えた。私自身「いつまで続くのか」とつい口に出ることもある。終わりの見えない長期戦。その素朴な疑問を大切に、コロナと共存する新しい時代に役立つ記事を書いていきたい。(社会部・下地由実子)

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