迷った考えた現場からの報告

「本気で止めたい」ヘイトスピーチ取材 続く無力感 転機は読者によるカウンター

2020年10月21日 07:00

[迷った 考えた 現場からの報告](5) 

「阿部記者は犯罪者」などとスピーカーを響かせる正体不明の街宣車(右)=6月、那覇市役所前

 毎週、水曜日が来るのが憂鬱(ゆううつ)だった。

 私は1年前、那覇市役所前のヘイトスピーチ街宣を非難する記事を書いた。この時点で5年間も、沖縄の中心部で、公然と、差別の扇動が続いていたのに、メディアは見過ごしていた。その反省から出発し、本気で止めたいと考えた。最初の記事を書いた後も定例の水曜日は取材に通った。

 しかし、街宣の主催者は私が来るとむしろ喜々として、差別発言をエスカレートさせた。通行人の中に標的とされる中国や朝鮮半島ルーツの人々がいて、今傷ついているかもしれない。でも止められない。無力感が募った。

 そんな中で書いた記事の一つが転機になった。5月、新型コロナウイルスによる社会不安に付け込み、中国人ヘイトがさらに悪質化していると伝えた。

 読者の中に事態の深刻さを受け止めてくれた男性がいた。男性はすぐ、次の水曜日に抗議のカウンターをしようとツイッターで呼び掛けた。

 何人集まるのか、主催者と激突するのか。少し緊張しながら迎えた5月20日の当日。カウンターは20人以上が集まり、主催者は来られなかった。やっとヘイト街宣が止まった。

 以降、市民が毎週集うようになり、阻止は連続22週に及ぶ。県議会9月定例会では知事、与野党がそろって「ヘイトは許されない」と明言した。

 記者になって24年目。記事からこれだけの「結果」が生まれたことはない。記事には社会を直接変える力はないが、人の気持ちを少しだけ動かすことがある。人は周りの人を動かし、社会を変えられる。結果を出した市民の行動力に感謝と敬意を抱いている。

 一方、結果には反発も伴う。街宣主催者は時折本社前に現れ、「阿部岳はチャイナの工作員」などと叫んでいる。身元不明の人物が街宣車から「阿部記者は犯罪者です」と大音量を響かせたこともあった。

 これらの発言内容は事実ではなく、名誉毀損(きそん)に当たる可能性がある。記者個人への攻撃が普通になってしまえば報道が萎縮する恐れもある。会社が対応を検討してくれている。

 私自身も、もちろんいい気分ではない。同時に、矛先が少数者に向くよりはましだとも考える。

 全ての人の権利、特に傷つけられやすい少数者の権利を守るために記者がいて、メディアという組織がある。まだまだ途中経過。差別をなくすという最終的な「結果」を出すまで、職責を果たしていく。(編集委員・阿部岳)

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